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惜別球人2017

堂上剛裕 引退惜別インタビュー 剛直に生きる 「後悔があるとすれば、高橋由伸監督に恩返しができなかったこと」

 

14年のキャリアでレギュラーに定着したこともなければ、記録に残る成績を残したわけでもない。それでも在籍した中日巨人のそれぞれのファンに愛されたのは、親子2代(父・堂上照は元中日投手で、弟・堂上直倫は現中日内野手)でのプロ野球選手であることに加え(中日では地元・愛工大名電高出身のご当地選手でもある)、その名前のとおり、剛直に野球に向き合った真面目な性格と、豪快なスイングゆえだろう。14年間の現役生活を振り返る。
取材・構成=坂本匠、写真=BBM

18年1月よりユニフォームをスーツにかえ、巨人のスカウトとして第2の人生をスタート。「一日一生」をモットーに、巨人の近未来を担う逸材発掘を誓う


パソコン教室で受け入れる


指定の待ち合わせ場所に現れた堂上剛裕は、仕立ての良いネイビーのスーツに身を包み、一見するとやり手の営業マンのよう。Tシャツにジーンズ、スニーカーと、ラフな格好で球場に通った当時の面影はない。2017年10月29日の引退を機に、18年からは巨人のスカウト部に身を置くことが決まり、第2の野球人生をスタートさせていた。

──10月29日に引退を表明してから約2カ月半が経ちました。スーツを着ての仕事にも慣れてきましたか。

堂上 いえ、まだ始まったばかりで、分からないことだらけです(苦笑)。屋外で選手を見ることがメーンの仕事で、スーツはこれから先の季節、日に焼けてすぐにダメになるそうなので、あまり高くなく、複数着あったほうがいいみたいです。今日着ているようなスーツは、ココというときだけにしたほうがいいのかな、と考えています。

──スカウトあるある、ですね。ほかに新たな仕事で驚いたことや気付いたことはありますか。

堂上 スカウトとしては正式には1月5日からスタートですが、年内(17年)は研修のような形で、スカウト部の先輩の木佐貫洋(元巨人、オリックス日本ハム)さんと青木高広(元広島、巨人)さんに同行し、仕事を見せてもらいました。やはり、アマチュア側のチームの方と信頼関係を築くことが大事な仕事の1つだなと感じましたね。驚いたことでいえば、スケジュールを自分で立てることの大変さです。先方に連絡して練習や試合を見学するアポを取り、1度の出張で効率よく複数回れるように調整し、泊まる宿も移動の新幹線などのチケットも自分で手配する。こういう(事務的な)作業は選手時代は球団任せで、初めての経験。新鮮ですが、大変ですね。選手時代は何から何までやってくれていたんだな、とあらためて気付かされました。

──引退を決断するまでの経緯について、あらためて教えてください。球団から10月28日に戦力外を通知した旨、発表があり、翌29日には引退会見が行われました。引退はすぐに受け入れたのでしょうか。

堂上 会見でもお話ししましたが、自分がやりたくてもやれる世界ではないので、引退は28日のうちに決めました。3年前にも中日を戦力外になって巨人に移籍してきた経緯もありますし、このときから、またプレーできなくなる日が来ることを覚悟しながら毎日を過ごしていましたので。特に17年は一軍に一度も上がることができず、当然だろうと。ただ、気持ちの整理が・・・

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惜しまれながらユニフォームを脱いだ選手へのインタビュー。入団から引退までの軌跡をたどる。

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