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惜別球人2020

吉見一起 引退惜別インタビュー 「てっぺん」と「底辺」と。 「すごいスピード、変化球があるわけではないから、コントロールは大事にしていこうと常に心掛けていた」

 

緊張感のあるマウンドが好きだった。抜群の制球力と打者との駆け引きで白星を重ね、チーム初の連覇に貢献し、タイトルも獲得した。キャリア後半は思うような成績を残せなかったが、15年間のプロ生活は充実した日々だった。
取材・構成=牧野正、写真=BBM

この15年、ドラゴンズの19番を背負い続けた。チームの中で吉見の存在は限りなく大きかった


引退を決めた理由


 プロ15年目を迎えた今季は体の調子もよく、開幕先発ローテーション入りを果たした。フォーム改造にも手応えをつかみ、自信を持ってマウンドに上がったが、厳しい現実が待っていた。一軍よりも二軍で投げることが多く、悩んだ末に引退を決意した。大好きな野球を続けたい気持ちは強かったものの、ドラゴンズで現役生活を終えることが自分にとってベストな選択と判断した。

──あらためてお聞きします。引退を決意した理由を。

吉見 ここ数年はずっと引退については頭にありました。でも今年、自分の中でもうやめなくてはと思ったのは9月の下旬です。一軍で投げましたが(9月13日のDeNA戦/横浜)、5回途中で交代を告げられました(2失点)。あと2つのアウトという場面で交代させられる現状、自分の置かれた立場を考えたとき、もう一軍で投げるのは厳しいのかなと。

──体が悪かったわけではないですよね。二軍ではチームで唯一、規定投球回数に達しています。

吉見 でも僕にとって二軍で投げることは目的ではないし、調整の場ではありません。二軍はやはり若い選手、これからの選手が投げるべき場所で、そこに僕がいると一枠が削られてしまう。客観的に見て、だんだんと自分がチームにいるべきではないと思うようになりました。

──簡単な決断ではなかったと思います。

吉見 野球を続けたいという気持ちはもちろんありましたし、もう一度、一軍で投げたいという欲もありました。契約してもらえるなら、まだやりたい。でも今がやはり潮時かなと、日によって感情が揺れ動いていたのは事実です。

──そこで決め手となったのは。

吉見 妻とも相談していく中で、もう次のステップに行くべきだと思えたんです。それが9月下旬です。たとえ残ることができても、また来年も同じ状況、同じことの繰り返しになると。今年は1年間、ずっと調子が良かったんです。でも結果として出なかった。それがもう現実じゃないですか。それは自分が招いたことで、受け入れないといけないことですから。

──まだできるという声もあったと思います。他球団への移籍は考えましたか。

吉見 いろいろと考えました。移籍もそうだし、それこそ二軍でやり続けるのもありなのかなと。それこそコロナでなければアジアやヨーロッパの球団に挑戦ということも……。ただ最終的には、ドラゴンズで(現役を)終わることが自分にとって一番いいのではないかと思ったんです。故障していた僕を希望枠で獲(と)ってくれた。そこは恩を返したいと。

──後悔はありませんか。

吉見 それはないです。ナゴヤドームで引退式まで用意してもらい、最高のかたちで“卒業”できました。和田(和田一浩、元中日ほか)さんに引退を報告したら・・・

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惜しまれながらユニフォームを脱いだ選手へのインタビュー。入団から引退までの軌跡をたどる。

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