NPBドラフトにおける最終74番目でコールされた。甲子園には4回出場し、高校日本代表にも名を連ねたが、大学を中退。プレーする場を独立リーグに求め、徳島で2年間を過ごし、吉報が届いた。 取材・文・写真=高田博史 10月25日、西武・潮崎哲也編成グループディレクター[左]から指名あいさつを受けて笑顔。辻監督からの直筆サインも届き、プロからの指名を実感した
10月15日、ドラフト会議2日前。
独立リーグ日本一を達成し、炭酸水をかけ合う『スパークリング・ファイト』で頭からずぶ濡れになった。着替え終えて、
岸潤一郎がポツリとつぶやく。
「この1年、楽しかったっスよ。マジで」
チームメートからの「うまくなったな」という声が、本当にうれしい。つかみ取った“信頼”と、達成感がある。
2018年1月31日、徳島インディゴソックスの新入団選手発表会見に、かつて甲子園で大活躍した明徳義塾高のエース・岸がいた。右ヒジの手術の後、大学を中退。規定により、2シーズンを経ないと、ドラフト対象にはならない。つまり、19年秋の指名を目指すことになる。
右ヒジの経過を見ながら、前期は一塁手として34試合に出場した。打率.195、盗塁数はトップの「19」(前期終了時)。後に「38」まで数字を伸ばし、盗塁王に輝く。この年に新任となった橋本球史コーチ(元徳島)が述懐する。
「来た時点でポテンシャルは間違いなかった。足はホントに速かったので。でも、実は、彼の人間性にもびっくりしたんです。『あるある』なんですけど、センスあるヤツって練習やらないというか……。それがもったいなくて、とにかく」
それはリーグ中断期間の6月、全体練習中のことだった。岸がふらっといなくなった。帰ってきたところをつかまえ、メンバー全員が見ている前で・・・
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