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ソフトバンクから横浜(現DeNA)ベイスターズに移籍して、6年目のシーズンを迎えていた。過去には一軍定着しかけた時期もあったが、心から満足のいく結果は残せていない。ところが、今季は首位を争うチームで貴重な活躍を見せている。しかし、本人はフォア・ザ・チームを貫き通す。
写真=大賀章好、井田新輔

川崎宗則からの祝福メッセージ


 カクテル光線を全身に照らされながら井手正太郎が躍動した。5月22日の阪神戦(横浜)。序盤に最大5点のリードを許す劣勢を強いられていた。1点差に迫った7回、得点圏に走者を置いた好機を迎えると、ベンチで代打待機していた井手に声がかかった。

「チームにとって一番いい使われ方でいい。自分のことはどうでもいいんです」。ベンチの期待に応える同点打を放ってみせた。二塁ベース上でこん身のガッツポーズをつくった。

 神がかりとも言える活躍は続く。5対5の同点で迎えた9回二死二塁。一打サヨナラの場面で、再び、右翼フェンス直撃となるサヨナラ打で満点回答を示した。

「ムネさんも、向こうで見ててくれている。サヨナラのときはLINE(無料通信アプリ)で祝福してもらいました」。メジャー・リーグ、トロント・ブルージェイズでプレーする川崎宗則から届いたメッセージがさらなる励みになった。

 井手にとって川崎は、プロ野球の道しるべのような存在だった。2002年、宮崎・日南学園高からドラフト8巡目でダイエー(現ソフトバンク)に入団した。井手が二軍で下積み生活に明け暮れた1年目のオフから、合同自主トレで汗を流す仲だ。「同じ九州出身というのもあって、ずっと仲がいい。毎年1月10日から2週間ぐらいですかね」。今なお続くオフの合同自主トレが1年の始まりを告げる「儀式」になっている。

 巨人との首位攻防となった5月8日、巨人戦(東京ドーム)で“ムネリン魂”がさく裂した。5回終了時点で序盤に主導権を渡し、4点追う展開。そこから、1点差に迫った7回二死満塁で打席に立つと、巨人の中継ぎエース山口鉄也のチェンジアップをセンター前にはじき返し、逆転の2点タイムリー。値千金の一打でチームを6連勝に導いた。

 その試合後のお立ち台で「一昨晩から胃腸炎になって……。そうめんしか食べられなかったんです。そうめんパワーで打ちました」とヒーローは爆笑を誘った。体調が優れない中でも明るく振る舞い、きっちりと結果まで出した。

「とにかく明るい人で大変だとか弱音は聞いたことがない。いつも、明るいムネさんを見せてくれる」。プロ入り後、ずっと背中を追いかけてきた川崎宗則の姿と少し重なって見えた。

 プロ14年目を迎えるベテラン。プロ野球の厳しさも十分に理解する。ソフトバンク時代のプロ入り3年目の04年、オリックスとの開幕戦(福岡ドーム)に「九番・右翼」で開幕スタメンに抜てきされた。同時にプロデビューを飾ったが、同4月6日の近鉄戦(大阪ドーム)で負傷。一軍定着のチャンスをつかみながらも、わずか10試合出場でシーズンを終えた。「若いころからチャンスをもらいながらことごとく逃してきた。大事なところでケガをしたりで……」と若き日の苦悩がよみがえる。

 一方で、一種の開き直りともいえる思考が井手の野球人生を支えてきた。

「それも運命だと思うんですよね。無い物ねだりをしても仕方ないし、そのとき、そのときで自分ができることを一生懸命にやるしかない。この世界は・・・

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