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楽天・伊志嶺忠「まだまだ捕手として勝負したい」

 

プロ8年目、30歳になった男が大きなチャンスをつかみかけている。ここまで自己最多の42試合に出場(9月2日現在)を果たし、夏場からは3本塁打をマークしているパンチ力でクリーンアップの一角を任されることも増えてきた伊志嶺忠。現在は本職の捕手以外にも、出場機会を得るために一塁や外野にも挑戦中。それでも「シーサー」の愛称で親しまれる背番号48が目指すのは、あくまでも正捕手の座。嶋基宏の牙城はまだまだ高いが、ガムシャラに一歩ずつ前に進んでいく。
文=山田結軌(サンケイスポーツ)、写真=桜井ひとし、BBM

松井稼からの助言が飛躍のきっかけに


 青空と照りつける強い日差し。伊志嶺忠の育った沖縄・北谷町は複数の米軍基地が隣接し、北谷公園野球場では中日ドラゴンズが春季キャンプを張っている。活発な選手の声と打球音。それをかき消すような米軍機の轟音がときどき鳴り響く。幼いころ、間近で見た中日の山本昌に「プロ野球選手って、デカイ!」と衝撃を受けた。3歳上の兄も野球をしていた。野球好きの父・雅成さんの影響で「物心がつく前に気がつけば自分も野球をしていた」という。

「あのころは松井秀喜さんやイチローさんをはじめ、左の強打者がたくさんいた。それで僕も左打ちにさせられたんだと思います。作った左打ちじゃないので、右で振ると本当に素人みたいな変なスイングしかできません(笑)」

 2008年大学生・社会人ドラフト3巡目で楽天に入団。強打の左打ち捕手は「阿部慎之助2世」として期待された。現在の日本球界で希少な「打てる捕手」。だが、捕手としてのスタートは投手失格の烙印からだった。

「小3から野球を始めて、捕手は6年生から。投手をしていたんですけど、ノーコンだった(苦笑)。それで投手と捕手を入れ替えさせられてしまった。肩が強いし、今日から捕手をやれ、という感じでした。中学に行っても最初は投手。でも、またノーコンで捕手に」

 防具をつければ重くて動きづらいし、キツイ。だが、次第にゲームをコントロールする面白さ、楽しさを覚え、捕手としてのやりがいを感じるようになった。進んだ北谷高では甲子園出場はなし。それでも目の前に描く夢ははっきりしていた。

「とにかくプロに行きたかった。野球しか取り柄がないですから、野球で生きていきたいと。でもドラフトにかからなかった。それで大学を探しました」

 進学先は千葉大学リーグの東京情報大。全国的な強豪校ではなかったが、野球部強化に力を入れていた新興校だった。ここでは、のちにチームメートとなる2歳上の内野手だった西村弥と切磋琢磨した。1年生からレギュラーに抜てきされ、実戦を経験する中でスカウトの目に留まった。そんな中で楽天に入団。前年には今や日本球界を代表する捕手になった嶋基宏が入団し、野村克也監督の下で英才教育を受けていた。

「プロの世界は別次元でした。キャンプ初日のことは覚えていません。投手が誰で、どんな球を捕ったのかもちょっと記憶がない」

 ルーキーから一軍帯同するも、ブルペンでは緊張でキャッチングがうまくいかない。両隣では当時レギュラーだった藤井彰(現阪神)、ブルペン捕手らが気持ちの良いミット音を立てている。だが、伊志嶺からは「ボスッ」「バフッ」というミットの芯を外した音ばかり。「すみません!」を繰り返すしかなかった。プロの壁は打撃練習でも味わった。

「打撃投手の球でさえ、なかなか前に飛ばない。ファウルで打撃ケージに当たってばかりでした」



 そんな苦闘の連続で過去7年間の大半は二軍暮らし。その中で、8年目を迎えてだんだんとプロのレベルに慣れてきた。大きな転機は2月の春季キャンプ。公私ともに気にかけてくれていた松井稼頭央からの助言だった。

「もっとタイミングをしっかり、自分から合わせていけ。バーンって、(投球とバットの)衝突でしか打ってない。イチ、ニ、サン、バーンって打つんじゃなくてイチ、ニィのぉ〜〜、サン!ってボールを“つかまえに”いかないと」

 松井稼も伊志嶺もキャンプは一軍キャンプスタート。だが、松井稼は自分のペースでやるために2月13日からは、沖縄本島に移動した本隊を離れ久米島残留の二軍に志願して合流した。伊志嶺は実戦中心の本島組を外され、いわゆる二軍落ちだった。だが、この二軍キャンプ中に松井稼からの金言が今シーズンの躍進につながった。

 それから約2週間後、宮崎でのオープン戦。このころになると松井稼も伊志嶺も一軍に再合流していた。試合前練習中、伊志嶺のフリー打撃をながめながら松井稼がつぶやいた。「打球の質が変わってきたなぁ」。タイミングをしっかりと取ったバックスイングから、自分の間合いで投球にコンタクトできるようになっていた。だから、鋭い打球の割合が増えた。伊志嶺は従来との違いを確かに感じ取っていた。

「今まではいい当たりもするけど、ちょっとタイミングがズレたら、もうどうしようもなく詰まった凡打。でも、タイミングを外されても・・・

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