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野球浪漫2016

ヤクルト・村中恭兵 ドン底の1年から野球人生を懸けたマウンドへ

 

2度の2ケタ勝利を挙げ、チームの柱として期待をされていた背番号15は、突然、一軍のマウンドから姿を消した。そして昨オフ、背番号が43へと変わり、背水の思いで迎えたプロ11年目。世界が大きく変わった。どん底を見た男が自信を手にして戻ってきた場所は、かつてと変わらないマウンドだが、そこから見える景色は、それまでとはまったく違う、かつてないほどに輝きを放っている。
文=小林陽彦(共同通信社)、写真=川口洋邦、高塩隆、井田新輔

今季初登板となった3月29日の阪神戦[神宮]は、新たな野球人生のスタートとなるマウンドだった


深刻だった制球難、経験のない谷底へ


 すでに大量リードを許して開幕4連敗は濃厚だったが、リリーフ投手のアナウンスに神宮球場の右翼スタンドが小さく沸いた。3月29日、阪神戦。これが村中恭兵にとって2年ぶりの一軍登板であることを熱心なファンは知っていた。小走りでマウンドに上がった左腕は入念に足場を固め、頻繁にロジンバッグに手を伸ばす。どこか落ち着かない様子を醸し出していたが、次第に力強い速球が集まり出して1回2/3を1失点と無難にまとめた。試合後、クラブハウスを出た車の乗り際で報道陣に囲まれ「1年目の初登板くらい緊張しました」と照れ笑いした。

 ここにたどり着くまで──。それは暗く果てない、地獄を見た1年間だった。神宮球場がヤクルトの14年ぶりセ・リーグ優勝に連日沸いた昨季、村中は埼玉県戸田市にある二軍施設で孤独な戦いを続けていた。

 真中満監督による新体制下で迎えたプロ10年目。前年に腰を痛めて2勝2敗に終わった村中は、先発陣の一角として復調が期待されていた。しかし、沖縄・浦添でのキャンプ初日のブルペンで体に異変を覚えた。狙った捕手のミットに、どうにもボールが定まらない。

「投げたいコースと実際に投球の行くコースの差は、多少あるものだけれど、思いっ切り違う感じだった。あれ、変だなと」

 重度の腰痛を庇いながら前年シーズンを戦った代償でフォームが変わってはいた。痛みも完全に消えたわけではない。ただ、それ以上に長年積み上げてきた投手としての感覚が、失われようとしていた。

「何か、自分の体じゃないような感じのまま投げていた。結果は出ていたけれど、手応えがなくて」

 当初それはストライクゾーン内で荒れる程度で目立たず、実戦に入っても崩れることはなかった。しかし、開幕を目前にした3月26日。ベイスターズ球場でのイースタン・リーグ、DeNA戦に先発した村中は4回途中11失点(自責点10)でKOされる。四死球は8を数えた。

「自分の中にあったもやもや感、嫌な感じが全部出てしまった。そこからは……常に自分との戦いが始まった」

 深刻な制球難。打者に当ててしまう恐怖心が拍車を掛けた。ブルペンでは違和感なく投げられるようになっても、打者が立つと途端に感覚が狂い出す・・・

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