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野球浪漫2018

巨人・杉内俊哉 もう一度陽の当たる場所へ―。 「悔いのないように、今できることをその日その日、精いっぱいやっていきたい」

 

帰らなければいけないマウンドがある。仲間のため、チームのため、そして家族のため。2015年以来、2年間一軍マウンドから遠ざかる杉内俊哉の野球人生を懸けた1年が始まる。
文=福島定一(スポーツライター)、写真=高塩隆、BBM


38歳、正念場


 杉内を乗せた車は都心ではなく、川崎方面へと向かった。行き先は二、三軍選手が汗を流すジャイアンツ球場。「もう高速から見る景色もすっかり頭に入ってるよ。“あ、あそこの看板変わったな”とか気付くもんね」。自虐的にうっすらと笑みを浮かべる。それもそのはず。2015年を最後に2年間、一軍マウンドから遠ざかっているのだ。今年の10月で38歳。正念場を迎えている。

「もう2年間投げることができていない。チームに迷惑をかけてしまっているし、自分にとって今年が本当に大事なシーズンになるのは分かっている。悔いのないように、今できることをその日その日、精いっぱいやっていきたい」

 はっきり言って、現状は明るくない。左肩の違和感に悩まされている。約70メートルの遠投はできるが、次のステップであるブルペンでの投球に進むことができない。「まだブルペンで投げるまでの段階に入っていない。傾斜で投げると、肩に平地とは違う負担が掛かる」。ボールを投げることはできるが、主戦場であるマウンドに立てない。もどかしい日々が続く。邪念を振り払うかのように、遠投で目いっぱい、腕を振っている。

 右股関節の故障がすべての始まりだった。15年10月には手術に踏み切った。直前の登板後は自力歩行が困難。ロッカールームで足を引きずり、当時のコーチ陣からは「スギ(杉内)、大丈夫か?」と声をかけられたほどであった。手術を無事に終えても元どおりになる保証はないものだったが、受けなければ将来的な日常生活にまで支障を来す可能性があった。

 術後、しばらくは車イスでの生活を強いられた。その後は順調にリハビリの階段を上がっていった。16年の秋季キャンプでは、高橋由伸監督の前でブルペン投球を披露し「今のところ、いいボールを投げている。もともと持っているものは素晴らしいし、少しでも(本来の姿に)近づいてほしい」とうならせていた。

 ところが、である・・・

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苦悩しながらもプロ野球選手としてファンの期待に応え、ひたむきにプレーする選手に焦点を当てた読み物。

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