一時は野球をあきらめ、一般企業への就職も経験した。木下雄介の野球人生は順風満帆とは程遠いものだ。プロ入りから1年での支配下昇格も、家族そして背中を押してくれた恩人たちへの恩返しの第一歩。 文=安藤岳雄、写真=BBM しがみついた1本の綱
長くうねった旅路も、これから始まる物語の序章に過ぎなかったのもしれない。4月15日。横浜スタジアムのマウンドには背番号「98」があった。5点のリードを許した8回だ。ビジターチームの
中日にとっては「敗戦処理」の意味合いの強い起用。ただ、木下雄介が抱いていた感情の温度は、まったく違う。育成選手として入団して2年目。プロとしてようやく立つことを許されたスタートラインだった。本物の勝負のステージに身震いしていた。
「本当に緊張して、いつもと違う自分のような感じがしていました。まずは一軍の舞台で投げることができて良かったです」 記念すべき第一歩を記した場所が
DeNAファンで青一色に埋まる敵地だったことは、ほとんど意味を持たない。何よりも重いのは・・・
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