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野球浪漫2020

阪神・秋山拓巳 陽の当たる場所へ 「誰かのために、とか。応援してくれている人のために、マウンドに立って恩返ししないといけない」

 

150キロを超す剛速球は持ち合わせていない。正確無比なコントロールとキレ味鋭い変化球で着実にアウトを重ねていく。その安定感に首脳陣も信頼を置く。だが、ここまでの道のりは、山あり谷ありだった。そして今季、もう一度、陽の当たる場所へと歩き出している。
文=田中政行(デイリースポーツ) 写真=BBM


 沼一面で育つの花は、白やピンクの花を咲かせる。底の見えない地に深く根を伸ばし、ひたむきに光を求めて葉を広げる。いつでも陽の当たる場所を探し求めてきたのだ。

 秋山拓巳はプロで11年目のシーズンを迎えた。過去10年の成績は27勝30敗。光り輝いた記憶とともに、苦しんだ記録が交差する。そして今年また、不屈の男は鮮やかな花を咲かせようとしている。

 2月のキャンプから''「奪い取るつもりでいく」''と強い覚悟で臨み、開幕先発ローテーションの一角に食い込んだ。7月14日のヤクルト戦(甲子園)で今季初勝利。ここから4連勝など安定した内容で、チームを勝利に導く投球が続いている。


 そんな秋山のプロ野球人生は、涙からのスタートだった。2009年10月29日。ドラフト4位で阪神から指名を受けた。会見で見せたのは大粒の涙。

「1位だと思っていた」と発言したことから、各メディアで『秋山・悔し涙』と報じられた。だが、真相は少しだけ違った。

「悔しい気持ちもありました。でも正直、ホッとしたというのが一番だったんですよ。みんなに少しだけ恩返しができたかなって」

 松坂大輔(現西武)にあこがれ、小学1年生で本格的に野球を始めた。野球経験のなかった父・正二さんは息子の夢に付き合うため、参考書を買って指導法を猛勉強した。投球に役立つ柔軟体操から、技術は経験者に聞いて回った。父と2人、毎晩奏(かな)でた空き地でのノック音が、秋山の原点だ。父が笑って当時を回顧する。

「最初は野球の本で握りを覚えさせたんですよ。腹筋、背筋は毎日の日課。柔軟体操で股割をさせていたんですけど、上から私が乗るんですわ。そのたびに泣いてましたけどね」

 生後2週間で小児ぜんそくを患うと、4カ月と7カ月には気管支炎で入院。あまりにも病弱だったため、母・みゆきさんは仕事を辞めた。料理では丁寧に油を抜き、太りやすい体質の息子を気遣い続けた。二人三脚……いや“三人四脚”の夢が結実したことで、あふれ出す感謝の気持ちが涙となって流れたのだ。

 両親だけじゃない。このころ、運命的な出会いもあった・・・

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