逃げ出すことはない。でも、時に後ろ向きな自分もいた。だが、自分さえも知らない自分が心の中にいることに気づかされる。プロ入り後にあった二度の転機──。矛盾だらけの思いこそ、偽りなきありのままの自分。価値観の変化こそ左腕の強さだ。 文=米虫紀子(スポーツライター) 写真=田中慎一郎 初めての感情
泰然自若。今年の田嶋大樹は、揺らがない。
開幕先発ローテーションに入り、4月27日時点で3試合に登板し、防御率1.45と安定した投球を重ねている。ただ、6回1失点、6回2/3無失点、6回2失点ときっちり試合をつくっているにもかかわらず、援護がなく、いまだ勝ち星には恵まれていない。
だが田嶋はまったく意に介さない。
「勝ち星は、世間一般的に見ればもちろんあったほうが評価もされますし、投手としての価値が上がるのかなと思いますけど、僕としては勝ち星より投球回数を意識して試合に臨んでいます。だから勝ちがつかないことに対して、悔しさやもどかしさはないですね。勝ち星については、運がよかったらついてくる。自分の実力でどうにかできるものとしては、やっぱりイニングを投げること。ここまでは6回ぐらいまでしか投げられていないので、そこに対する悔しさはあります。長いイニングをしっかり投げて、規定投球回数を当たり前にクリアできる投手になりたいなと思っているので」 自分でコントロールできるものとそうでないものを、しっかりと割り切れている。
マウンドでの表情にも今年は余裕がうかがえる。ピンチを背負ったり、本塁打を浴びても、穏やかで、時折笑みさえ浮かべる。
「今年は野球に対する価値観がものすごく変わりましたので。野球でピンチを背負っても、『別にたいしたことないな』と思えるようになった。今年は楽にマウンドに立てています」 2018年にプロ入りしてからのこの4年の間に、田嶋は二度、大きく価値観が変わる経験をしている。
「1年目の僕とは、まったくの別人だと思ってください」と笑う。
一度目は、ケガによる長期の離脱がきっかけだった。
JR東日本からドラフト1位で入団した田嶋は、プロ1年目から即戦力として開幕先発ローテーションに入り、6月の時点ですでに6勝を挙げていた。左腕をムチのようにしならせて150キロ超のストレートやキレのある変化球を投げ込む姿は躍動感にあふれ、新人王の有力候補と目された。
しかし、6月24日の登板を最後に、左ヒジ痛のため登録抹消となった。そこから復帰までの道のりは長く過酷で、一軍復帰には約1年を要した。
だが、投げられない長い期間を経て、再び投球ができるようになったとき・・・
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