先発ローテーション入りを期待されながら、応えられない日々が続いた。そこに訪れた中継ぎへの配置転換という転機。新たに与えられた持ち場で、必死に左腕を振る。先発への未練はない。この居場所を守るだけだ。 文=福島定一(スポーツライター) 写真=川口洋邦、榎本郁也 開幕直前の配置転換
想像もしない景色がそこにはあった。2022年3月25日の
中日との開幕戦(東京ドーム)。4対2と2点リードの7回に今村信貴はベンチからマウンドへと向かった。
「緊張と興奮がすごかったですね。まさか開幕戦の勝ちゲームに投げるとは思ってなかったので」。プロ11年目。すっかり慣れた本拠地のはずだったが、何かが違った。独特の空気感に包まれる開幕ゲーム。しかも僅差の展開で試合は終盤。地に足が着かないような不思議な感覚に襲われた。
「もうやるしかないと思って投げました。無我夢中でしたよ」 打席には代打の
平田良介がいた。その初球、目いっぱいの力を込めたはずの143キロの直球をとらえられた。無死二塁で、打順は一番の
大島洋平へ。「まだ2点差ある」と腹を決めた。大島を二ゴロ。一死三塁から内野は前進守備となり、
岡林勇希を遊ゴロ。続く
福留孝介も左飛に打ち取った。新型コロナ禍による入場制限もなくなった大観衆から注がれた拍手の嵐。
「うれしかったですけど、感じる余裕もなくて。起用してもらってゼロに抑えることができたので、心からホッとしました」。ベンチに戻り、ナインとグータッチを交わしても、水を口に含んで腰を下ろしても、興奮は冷めない。滴り落ちる大粒の汗をタオルで拭った。
8回をR.デラロサ、
高梨雄平がつなぎ、9回を新人の
大勢が締めて4対2のまま勝利。今村が「勝利の方程式」入りを果たした瞬間だった。勝利のハイタッチの列に加わり、
原辰徳監督とも笑顔で交わした。数週間前までは考えもしなかった。過去10年は主に先発。中継ぎで登板するときも、働く場所はロングリリーフが決まりだった。今年も先発ローテーションの一角を目指し、キャンプから投げ込んだ。3月のオープン戦でも先発や2番手で複数イニングを投げ、先発の枠を争ってきた。
転機が訪れたのは、3月12日の
オリックスとのオープン戦(京セラドーム)登板後のことだった。
一通のLINE(ライン)が届いた。送り主は
桑田真澄投手チーフコーチ。当初は次回、先発での起用を伝えられていたが「(シーズンの)最初は左の中のロングで待機してほしい」という趣旨のものだった。今村は
「どういう形であれ、一軍に残れるという形になったのかな、という感じはあったので。そこは先発ではなくても、中(継ぎ)のロングで開幕に残れるんだなという、うれしさがありました」と振り返る。開幕直前の配置転換は、同時に昨オフ、今春のキャンプと目標に掲げてきた開幕一軍の切符に当確ランプが灯ったことを知らせるものでもあった。
開幕1週間前の3月18日の
ロッテ戦(東京ドーム)。5対4と1点リードの6回にリリーバーとしての出番が回ってきた。この回から二番手で登板したT.
ビエイラが大乱調で無死満塁のピンチを招く。ここで声が掛かった。
平沢大河を一ゴロ。
松川虎生の二ゴロの間に1点を失ったが、続く
藤岡裕大を空振り三振。窮地で結果を残すと、チームが直後に勝ち越し。1回無安打1奪三振で白星までついた。
「キャンプのときや昨年の11、12月は一軍に残ることで必死だった」。地道な努力は実を結び、シーズン開幕戦を想定して
菅野智之が先発した大事な試合で、首脳陣にしっかりとアピールした。
1週間後、開幕戦で託された役目を全うし・・・
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