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野球浪漫2022

ロッテ・井上晴哉 “時(とき)”の功名「まだまだ僕はできると思っている。やっぱり、楽しいものって続けたいじゃないですか」

 

1つの決断が、のちの自分を大きく変えた。休むのも勇気とは言われるが、そんな時間が若手にチャンスを与えるのも事実。ただ、痛めた右手首で勝負ができるのか──。バット一本にかけてきた男は、昨年10月に手術に踏み切ると、代償として多くの時間を得た。たどり着いた新境地は、描く放物線への手応えに表れている。
文=氏原英明(スポーツライター) 写真=榎本郁也
※記録は9月14日現在


葛藤の末の決断


 手に残る感触は、2018、19年と2年連続で24本塁打をかっ飛ばしていたころのものとはまるで違っていた。

「6月に実戦復帰して二軍戦でホームランを打ったんですけど、こういう感じだったっけ? みたいな感じですごく気持ち悪かったんです。それで一軍に上がって、マリンでホームランを打ったんですけど、それからの5本塁打がいい感じだった。これなんだ、これでいいんだって思うようになりました」

 プロ入り9年目の今シーズン。右手首の手術のために出遅れていた井上晴哉は7月6日に昇格を果たし、9試合目に今季初本塁打を放つと、打率.243ながら長打率は4割を超えて5本塁打をマーク。1本塁打に終わった昨シーズンの屈辱を糧に、持ち前の長打力でレギュラーに返り咲いている。

 しかし、長いリハビリを経て復帰した当初は不思議な感覚に見舞われたと言う。「自分らしい」同じホームランの打球でも、まるで感覚が異なるのだ。「こんなホームランの打ち方もあるんだ」。そう思うようになると、これまでとは違う新しい自分に気づけたのだった。

 ただ、それは悩んだ末の決断が招いてくれたというのもまた事実だった。



 21年のシーズンクライマックス。チームの好調をよそに井上は故障箇所の痛みと闘いながらある決断に迫られていた。

「手首の状態が良かったり悪かったりを繰り返していたんです。スッキリしないままで、1年間を戦えるかって言ったら、そうでもない。だから、手術をしたほうがいいんじゃないかっていう話し合いをしました。ただ、チームには若い子たちがちょこちょこ出始めたころだったので、やっぱ譲るわけにはいかない、と。その中でのケガだったんで、すごく迷いましたね」

 前者を選べば手術となりシーズンは絶望。後者を選べば試合に出場できたかもしれないが、全力プレーはできていたかどうかは分からなかった。

 試合に出ることで若手に場所を与えず、騙(だま)し騙しやるという選択が井上の性分には近かったが、同じことを繰り返すだけになるかもしれないことも理解していた。

 葛藤の末、昨年10月29日、手術に踏み切った。

 チームはシーズン2位でフィニッシュして、クライマックスシリーズに出場。しかし井上は、その試合をテレビで見ることしかできなかった。

「去年のCSは大阪で(オリックスと)戦っていた試合をテレビで見ていて、本当、悔しかった」

“不思議”から確信へ


 そこからは長きにわたるリハビリが始まった。おおよそバット一本で生きてきたような男だ。チームやファンはその体躯から放たれる豪快な打撃に期待を寄せてきたし・・・

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