右腕独特の温度感がある。投球やマウンドでの立ち居振る舞いはもちろん、勝利後のコメントでも先輩との距離感でもアドゥワ誠はアドゥワ誠だ。あくまでも飄々(ひょうひょう)と、淡々と、自分を貫く。 文=坂上俊次(中国放送アナウンサー) 写真=井沢雄一郎、BBM 心の芯が強い選手
派手なガッツポーズを見せることもなければ、喜びを爆発させることもない。自信に満ちあふれているわけではないが、慌てることもない。
ただ、飄々(ひょうひょう)と。自分のできることを丹念に繰り返す。
優勝争いのデッドヒートに身を置きながら、8年目のアドゥワ誠は、あくまでも自分の温度感で、己ができることを全うする。
開幕前から、その温度感は一貫していた。オープン戦で結果を出して開幕先発ローテーションを確定させても、
「あまり自分に期待していません。自分に自信はないので、うまくいったらラッキーぐらいに思っています」と、ある意味、右腕らしい言葉が返ってきた。
8月6日の
巨人戦(東京ドーム)でも、その境地は威力を発揮した。初回から先制点をもらっても、それが力みにつながることはない。4回まではノーヒットピッチング。5回に初安打を許しても、6回に満塁のピンチを迎えても、マウンドさばきに「揺らぎ」は感じられない。気づけばプロ初完封で、チームは7連勝となった。
「たまたまとしか思っていません。それより、チームが勝ったことが良かったです」 2020年に右肘を故障して手術。一軍マウンドから計3シーズンも遠ざかった。そこから復活し、133球を投げ抜いたのだ。それでも、この男は感傷には浸らない。
「あの試合もたくさんヒットを打たれています。そんな試合なので、力んでばかりの展開ではありませんでした。だから、球数がどうこうという疲労感もなかったです」 196cmの長身で、角度もあれば球威もある。しかし、打者をねじ伏せようなどという気持ちはない。
「(ピッチングで)欲は捨てています。そりゃ、三振はリスクも小さいでしょうが、そこを狙って力んでしまい球が甘く入ってはいけません。結果ばかりを考え過ぎると、ガッカリすることがある。ゴロになればいい。そういった意識で、欲を捨ててマウンドに上がっています。僕は常時150キロを投げるピッチャーではありませんから」 9月19日現在、17試合に登板して6勝4敗。
大瀬良大地、
九里亜蓮、
床田寛樹、
森下暢仁の4本柱とともに先発陣を形成する。その落ち着きと安定感は、
菊地原毅投手コーチも大きな信頼を寄せている。
「結果ももちろんですが、マウンドで粘り強く投げられる投手です。四球も少なく、ランナーを出しても落ち着いています。球が動くので、ゴロを打たせて併殺も奪えるのも強み。練習も黙々と真面目にやるし、冷静で動じません。心の芯が強い選手だと思います」
我慢と粘りの源流は、どこにあるのか──。
個人の記録や個人の満足に頓着しない男は、何のために投げるのか──。
16年7月28日、高校野球愛媛大会に記憶を戻したい。松山聖陵高のエースだったアドゥワは、創部47年目での悲願に向けて決勝のマウンドに上がっていた・・・
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