プロ4年目の昨年、51試合登板で防御率0.73と大ブレークしたリリーフ左腕。甲子園、東京六大学、ドラフト1位と歩んできたが、その道は決して平坦ではなかった。ここにたどり着くまで、もがき苦しむ日々でもあった。 文=梶原紀章(千葉ロッテマリーンズ広報室長) チャンスがいつ来ても
「牙」。鈴木昭汰は2020年秋のドラフト1位でマリーンズに入団した際、プロで使用することになるグラブの内側に牙と漢字一文字を刺繍した。それは忘れてはいけない原点とも言える大事な文字だった。
「この一字と出合って人生が変わったと言っても過言ではないかなと思います。あのときの気持ちを忘れないように。プロに入っても変わらぬ気持ちで投げるためにと刺繍を入れました」と鈴木は心境を振り返る。
この漢字と出合ったのは、法大2年の秋のリーグ戦が終わったときのことだった。プロ野球入団を目指して常総学院高から東京六大学の名門・法大に進学。高校時代は甲子園に出場するなど地元のスター街道を歩んでいた若者は自信を胸に大学入りした。しかし新たなステージでは、大きな壁が立ちはだかる。1年秋のリーグ戦は3試合に登板して防御率7.11。ストレートは140キロに満たず、高校時代は通用していたボールも大学ではあっさりとはじき返された。2年生になると、さらなるどん底に陥る。春秋合わせて登板機会はなし。ベンチ入りすらできず、ユニフォームではなくブレザー姿でスタンド観戦を余儀なくされた時期が続いた。そこにはもうプロ野球に入るという目標を掲げて希望と自信を胸に大学へ進学をした若者の姿はなかった。完全に自分を見失っていた。
秋のリーグ戦が終わり、オフに入ると地元・茨城に戻った。向かった先は中学時代に通っていた野球塾。指導をしてもらっていたコーチと久しぶりに対面をすると、思わず溜まりに溜まっていた思いがあふれ出た。弱音もあれば愚痴もあった。悩みを聞き入ってくれたコーチは何度も頷くと静かに語り出した。
「百獣の王・ライオンというのはな」
突然、ライオンの話を切り出された。意表を突かれた。
「ライオンは獲物を一撃で仕留めるため、常にどんなときも牙を磨いて準備をしているんだ。それは人間だって同じだ。人生においてチャンスというものが、いつ訪れるかなんて誰にも分からない。だからこそ、いつチャンスが来てもいいように。ライオンが獲物を一瞬で、そして一発で仕留めるように。チャンスが来たときに一発でチャンスをつかめるようにしないといけない。そのために常日ごろから牙を磨いておく必要があるんだよ」
その言葉が鈴木の胸の奥深くに突き刺さった。目が覚めた。ズシリと胸の内まで届く熱い言葉だった。それからだ。もう弱音を吐くことはやめた。ひたすら練習をした。愚痴を言う時間があれば体を動かした。研究を重ねた。大学3年になりオープン戦からアピールすると・・・
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