不動の遊撃手。打撃では下位打線の軸を担った。だが、1試合3つの失策により、大きな試練が待っていた。二軍降格も経験。もがき苦しんだ先に、新たな強い精神力を身にまとうことができた。リーグ優勝を果たした今、日本一に向け、レギュラー奪回を目指し、日々の努力を続けている。 文=椎屋博幸 写真=宮原和也、井田新輔、BBM 「あ、いた!」そういう声が聞こえてきそうなシーンだった。リーグ優勝の歓喜の輪が続く中、屈託のない笑顔で2人のもとに駆け寄っていった。肩を抱き、3人で写真に収まる。
2リーグ制になって最速でのセ・リーグ優勝を決めた9月7日。本拠地・阪神甲子園球場のマウンドには喜びの輪が広がった。阪神ナイン、首脳陣、裏方がごった返す中で、木浪聖也はライバルでもある2人の姿を探し、見つけると即座に走り出した。両手で2人の肩を抱き寄せ木浪スマイルがあふれた。
「いいライバルですよ。2人とも皆さんが思い描いている印象とは違うんです。僕にとっては同士のような感じです。だからあのときは本当にうれしくて自然とそうなりました」 2019年度ドラフト3位で入団した木浪。この年の開幕戦、新人ながら一番・遊撃で一軍デビュー。同ドラフト1位の
近本光司も開幕戦二番に入り「キナチカ」コンビとして脚光を浴びた。このときの2位が
小幡竜平だ。木浪は社会人からの入団、小幡は高卒でともに遊撃が本職であるが、即戦力と将来性を買われた2人の間には6歳もの差がある。
「将来的に絶対に一軍に上がってくる遊撃手だと思っていましたし、そのうちレギュラー争いができたらいいなと思っていた存在。同期ですが歳の差があるので、表現は難しいですが、かわいい後輩って感覚で、試合で活躍しているのは、うれしいと思いますが、一方で、(やり返してやろうという)やりがいがあるんです」 遊撃手のレギュラーの座を奪われても、ライバルの頑張りを受け入れて、一緒に喜べる存在だ。
小幡の調子が落ちた7月、相手先発が左投手のときには右打ちの
熊谷敬宥が遊撃のスタメンを務めることが多くなり、結果を残していく。
「ずっと熊の努力を見ているので、スタメンで出場して活躍するのを見ると、毎日コツコツやってきたことが報われたな、と思うんです」 木浪の本拠地・甲子園でのルーティンは、朝早くから始まっている。日が上がるころ、午前6時くらいには到着している。前日の試合が午後10時を過ぎていようが関係ない。毎日、決めたことを終わらせて試合に臨む。それは入団したときから変わらない所作なのだ。
いつものように誰よりも早い1日がスタートしていたある日、木浪よりも早く球場で体を動かす選手が現れた。それが熊谷だった。当時はユーティリティーとして、内野守備固めや、走塁担当として起用され続けてきた。
「何かを感じたんだと思うんです。理由は聞いていません。でもその日以来、熊は黙々と準備を続けてきた。だからこそ優勝したシーズンにこういう活躍ができたんだろうな、と思いますよ」 ライバルにエールは、お人よしが過ぎるかもしれないが、それこそが木浪なのだ。
「自分がエラーをしたから、ポジションを奪われるのは、自分の責任と言い聞かせていた」と気持ちの修正を行い、今では純粋にチームメートをベンチから鼓舞している。
戻れる場所を探す日々
五里霧中──。精神的にどん底の中でも黙々と・・・
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