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キューバ選手の今後の動向


 近年、メジャーリーグでもキューバの若手選手の活躍が多く見られておりますが、今年に入り日本球界にも4名のキューバ選手が来日しました。これは日本球界において歴史的な出来事です。

 社会主義国のキューバでは、才能を見込まれた者だけが入学できるスポーツ専門学校(6歳から23歳まで)があり、国を挙げて優秀な野球選手を育てる為のプログラムが組み込まれております。

 当然、社会主義国である為、国内リーグはプロリーグではなくアマチュアリーグであり、選手は全員国家公務員としてプレーをし、報酬ではなく各チームへの所属に対する給与という形で収入を得る形となっています。

 その為、日本でキューバ選手の獲得を行う時には同国のスポーツ省が主な窓口となります。例えば日本の球団は「右の内野手」「左投手」といった形で欲しい選手を同省に伝え、キューバスポーツ省はその要望に合った選手を推薦します。そこで、日本球団とキューバ側が合致すれば、交渉〜入団といった運びとなります。ある日本の球団関係者とお話をさせて頂きましたが「代理人が介在する他国の選手交渉とは違いシンプルでクリーンだ」と話していたことがありました。

 それでは、なぜ今季からキューバ選手の国外でのプロ契約が可能になり、日本に来たことが歴史的な出来事なのでしょうか? それはキューバという国の仕組みや生活、そしてアメリカとの対立関係がキーポイントになると思います。

 キューバでは真面目に働いても、お金持ちになれないのが現状です。キューバの野球選手の月収はサラリーマンと同じ2000円程度だそうです。ただ、給料が低い代わりに「配給制度」というものがあり、生活必需品の大半は政府からの配給となっています。しかし、場所によっては配給が滞っているという事を耳にする事も多々ありますので、厳しい現状である事に違いないでしょう。

 ただ、女性や子供にとっては優しいという一面もあります。他の中南米諸国で赤ちゃんや子供に食べさせる物がない国や、子供を持つお母さんの栄養不足問題をかかえている国などに比べると、キューバは女性や子供に対する食料の配給などに力を入れている方だと言われております。

 税金によって多くの人が公平な生活を送れるというのは素晴らしい事ですが、頑張っても頑張らなくても同じ給料なら頑張らなくていいという選択を取るのは合理的であり、責められるものではないでしょう。

 その様なキューバにおいて、今回の日本への移籍制度はキューバ人野球選手だけでなく、キューバという国においてもメリットが多々あると思います。

 今回のキューバ国外でのプロ契約というのは「リース契約」に近く、契約期間は11月までで、12月からは地元リーグに戻って所属してプレーする事になります。

 キューバは国内リーグが12月から4月までで、日本のシーズン開催中、キューバはオフシーズンとなっている為、今回の移籍市場拡大になったのだと思っております。また今回の移籍において「契約金の20%をキューバ連盟に支払う」という事が義務付けられています。

 巨人に入団をしたフレデリク・セペダ選手は年俸が1億5000万円と言われており、そのうち20%あたる3000万円をキューバ政府に支払えば残りはセペダ本人の取り分となります。国内の野球選手の月収が2000円という事を考えると税収20%の3000万円でもキューバ本国にとっては大きな金額ですし、セペダ本人にとっては一生何もせずに暮らしていけるくらいの金額となるわけです。

キューバ政府が国外でのプロ契約解禁後、日本移籍第1号となった巨人のセペダ(写真=kenya Oizumi)



 そしてもう一つの最大なメリットは「国外逃亡が減らせる」という事ではないでしょうか。キューバはアマチュア最強と呼ばれるように、世界各国から優秀な選手を集めようとしているメジャーリーグにとっては人材の宝庫です。

 しかし、キューバはアメリカを敵国とみなしている為、アメリカMLBでプレーする場合、彼らは祖国を捨て「亡命」という手段をとる他ないのが現状です。

 ある例を上げると、亡命するには見つからないようにボートで海を渡ったり、又は国際試合の遠征最中にアメリカ大使館へ駆け込むという手段が用いられています。しかしながら、キューバ政府も黙って見ているわけではありません。勿論の事ですが阻止しようと躍起になります。

亡命に失敗をすれば、選手生命を絶たされるだけでなく、収容などもあり、亡命が成功しても一部条件をクリアしない限り帰国は出来ないので、残してきた家族と会う事はもうなくなるわけです。

 キューバ本国自体もこの亡命に頭を悩ませており、キューバを日本に置き換えて言うなら「メジャーへのFA」のようなもので、何の見返りもないまま優秀な選手がただ流出するだけということと同じなのです。

 日本ではその解決策としてポスティングシステムが使われるようになりました。キューバのアメリカを除く国外へのプロ契約はこれと似ていると考えるとイメージしやすいと思います。

 2011年には厳重な監視の目をかいくぐり「並はずれたスウィングスピードを持っている」と言われるヨエニス・セスペデス外野手が亡命し、オークランド・アスレチックスと契約しました。「球速170キロを超える人類最速の球を投げる投手」チャップマンも亡命した事は記憶に新しいのではないでしょうか。

 さらに2013年8月には「2014年新人王候補」のホセ・アブレイユ内野手も遠征先で大使館に駆け込み亡命をしました。このアブレイユ内野手の亡命が今回の規制緩和に大きな影響をもたらしたと考えます。

 皆さん、考えてみて下さい。もし、この選手達が亡命という手段を使わずに今回の移籍制度使って日本に来ていたらどうだったでしょうか。野球好きには勿論ですが、野球があまり身近に感じていない方達でも、彼らのプレーを見る機会があればきっと目を奪われ胸の高ぶる試合が真近で見れたことでしょう。

 今頃日本のテレビでは、世界レベルのプレーが見られていて、キューバ本国では税種という経済的なメリットがあり、選手本人は整った環境の中、プロとして野球が出来収入を得られ、母国に帰国できるといったメリットがあったことでしょう。

 しかし、今回の移籍制度は確かに大きな前進ですが、これによって亡命が全くなくなるということではないでしょう。日本選手の最高年俸とメジャーリーグ選手の最高年俸を比べてみても分かるようにメジャーリーグの選手の年俸が断然高いのです。

 その為、国内及び海外試合で高いレベルの結果を残している超一流の選手は、亡命というリスクを背負ってでもアメリカ行きを決意すると思います。我チームおいても野手はキューバから、投手は日本からといった形が出来つつある事も付け加えておきましょう。

 今後のキューバ選手の活躍と動向に注目していきたいです。
著者PROFILE
1950年代生まれ。現役を引退後、MLBスカウトに転身。メンタル・フィジカルのバランスの良い選手が好み。全米だけではなく日本球界にも太いパイプを築き、スカウティング活動に余念がない。
現役MLBスカウト「メジャーリーグレポート」

現役MLBスカウト「メジャーリーグレポート」

現役MLBスカウトによる連載コラム。スカウトならでは視点で日米の選手をジャッジするほかMLBについても語る。

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