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初めて「安打数」をファンに注目させた94年のイチロー

 

西武秋山翔吾は9月13日のロッテ戦(西武ドーム)で、日本のプロ野球史上6人目、7度目のシーズン200安打を達成した。打者の三冠王は過去に延べ11人も誕生しているが、200安打はようやく6人目(青木宣親は2度達成)だ。

9月13日のロッテ戦[西武プリンス]の3打席目に涌井から安打を放ち、200安打を達成した西武の秋山翔吾。今後はこの記録をどこまで伸ばすかに注目が集まる



イチローが呼び起こした安打記録の価値


 打者の安打数がファンに注目されるようになったのは、94年のオリックスイチローが契機ではなかったか。それまで打者の安打数が注目されることはなく、どちらかと言えば安打数ではなく打率であった。

 2リーグ分立前年の49年は藤村富美男(阪神)が187安打のシーズン新記録を樹立していた。2リーグ誕生1年目の50年は、球団数の増加による投手陣の水準低下で3割バッターがセ・リーグ14人、パ・リーグでも8人と合計22人が誕生。藤村は191安打でセの首位打者になったが、200安打が騒がれたかどうかは、当時中学2年生の筆者の記憶にはない。

 50年の藤村の191安打は不滅の記録として残った。63年に広瀬叔功(南海)が前半戦に打ちまくり、6月14日時点、76試合で309打数125安打の.405とトップを走ったことがある。

 パ・リーグは前年から1球団150試合制となったので、ほぼ半分を消化した時点で125安打とくれば、年間150試合であれば簡単に250安打と計算できる。しかし、安打数に注目する向きは少なく、4割の可能性ばかりが注目されていた。

 広瀬は後半戦になると故障で欠場が多くなり、後半の74試合のうち65試合にしか出場せず、147打数42安打で.286に終わり、打率も安打数も新記録とはほど遠い結果に終わった。

 セの最多安打は55年から75年まで163本止まり。76年に日本ハムから巨人に移籍してきた張本勲が182安打で1位となった。しかし200安打への挑戦者は現れないまま1994年を迎えた。

 そこに登場したのがイチローだ。92年に愛工大名電高からオリックス入りした鈴木一朗は、1年目は打率.366でウエスタンで首位打者になる。2年目も.371をマークしたが、一軍と往復を繰り返したので打席不足でタイトルは逸した。93年の代打で16打数ノーヒットというのは鈴木一朗には代打は不向きであるのを示している。

 3年目を前にして、オリックスは新監督に仰木彬を迎えた。仰木は鈴木にイチロー、5年目の佐藤和弘にはパンチ佐藤のニックネームを呈上。94年4月9日の開幕日にイチローは二番・中堅手で、パンチ佐藤も途中から一塁手のキャブレラの守備固めで登場した・・・

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