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記録の手帳 / 千葉功

多くの名勝負と歴史が生まれた地、プロ野球と九州の密接な関係

 

4月14日、16日に熊本地方を襲った地震は、プロ野球にも大きな影響をもたらした。16日にヤフオクドームで行われる予定であったソフトバンク楽天戦は、観客の移動時の安全面を考慮し、同日午前9時10分には中止が決定。19日に熊本の藤崎台球場、20日に鹿児島の県立鴨池球場で予定されていた巨人中日戦もやはり16日に中止が決まった。この機会に日本プロ野球がいかに九州と密接な関係にあるかをひも解いてみたい。

現在のプロ野球で絶対的な強さを見せつけているソフトバンク。だが今日の栄光をつかむまでには苦難の日々もあった


職業野球が誕生した当時は蚊帳の外だった九州


 この2年間、日本のプロ野球の王者はまぎれもなく九州は福岡を本拠地とするソフトバンクである。2014年の日本シリーズでは阪神を4勝1敗で下し、15年もヤクルトに4勝1敗で勝利して2年連続の日本一である。

 そんな九州も日本で職業野球が誕生した当時は蚊帳の外だった。36年に誕生した現在のプロ野球だが、当初の舞台は東京、大阪、名古屋の当時のチームの所在地周辺に限られていた。プロ野球に移動は不可欠である。1940年(昭和15年)の時刻表を見ると、東京-大阪間は急行で午前8時に出発しても到着は午後7時10分、所要時間は11時間10分。新幹線で2時間半で着くようになるとは想像もつかないほど時間がかかった。飛行機はまだ実用化されていない。日本で民間航空機が実用化されたのは51年(昭和26年)だが、一般に普及したのは60年代の後半である。

 試合は東京、名古屋、大阪とその近くに限られていた。40年に7月31日から8月22日にかけて全球団が満州で試合を行ったが、海路で移動して九州には立ち寄らなかった。42年6月13日から15日にかけて4球団で函館、札幌で試合を挙行したが、九州では行っていない。43、44年は戦局が厳しくなっており、地方遠征など問題外である。日本のプロ野球が初めて九州で公式戦を挙行したのは戦後の46年のことである。8月16日に熊本水前寺、17日に福岡香椎、18日に八幡大谷球場で阪急、中部日本、ゴールドスター、グレートリングの4球団が連日、いまでいう変則ダブルで2試合ずつ行った。合計6試合で本塁打は1本のみ。記念すべき九州における初本塁打は8月17日に香椎球場で中部日本の岩本章がゴールドスター戦の4回に内藤幸三から打っている。ただし、試合は5対4でゴールドスターが勝利した。

 48、49年になると九州各地で試合が行われた・・・

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プロ野球アナリスト千葉功によるコラム。様々な数値から野球の面白さを解説。

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