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岡田彰布コラム

機が熟していた85年。(日本一で)ファンが大喜びしてくれている姿は忘れられんよね

 

2連発の後の打席は意外に冷静な気持ちやった


 阪神タイガースが今年、創設80年の節目を迎えるということで、先週号から過去の思い出を書き始めた。今週もその続きを……ということなのだが、ちょうどこの原稿を書いていた1月15日に「天地会」が開かれた。

 唐突に「天地会」と書いたが、知らない方は多いと思う。1985年、21年ぶりにリーグ優勝を飾り、そのまま日本一になったものの、その翌年から再び低迷し、1987年には最下位に……。まさに天国から地獄へ……という軌跡を辿った3年間。そこで、あの当時、共に戦った仲間で結成したのが天地会である。当時の監督だった吉田義男さんを筆頭に、苦楽を共にした仲間が集い、親睦を深めている。

 今年もオレは天地会に出席した。懐かしい顔が並び、一様に思い出すことがある。あれから30年……か。1985年の日本一から、30年を迎えるのだ。早いものだ。アッという間に月日は流れた。もう30年になるのか、と思うと、感慨もひとしおである。

 オレがタイガースに入団したのが1980年。前にも書いたが、個々の力は十分備わっているのに、チーム成績に反映しないのがタイガースだった。チーム順位を記すと1980年が5位で、それ以降は3位、3位、4位、4位と、Aクラスに入るのがやっと。優勝争いなど、できるチームではなかった。

 監督はブレイザー中西太さん、安藤統男さんと代わり、迎えた1985年。オレはプロ6年目で、監督は吉田義男さんがカムバックとなった。阪神の80年の歴史の中で、どうしても語り継がれる1年……。1985年のことを触れようと思う。

「機は熟した」。そんな感じの1年のスタートだった。吉田さんは攻撃的な野球を掲げ、それに即応する体制を整えた。コンバートもあった。オレは二塁で、真弓さんをライトに。ショートには平田勝男を起用し、攻撃と守りのバランスを整えた。

 キャンプから手応えはあった。オレは27歳だったし、最もいい時期を迎え、カケ(掛布雅之)さん、そして3年目を迎えたランディ・バースとのクリーンアップ。みんなが状態がよくて、これなら戦える……という感触は選手もつかんでいたと思う。

 1985年の開幕戦。4月13日の広島での広島戦。開幕のオーダーをここで思い出してみる。

(1)真弓明信
(2)弘田澄男
(3)バース
(4)掛布雅之
(5)岡田彰布
(6)佐野仙好
(7)平田勝男
(8)木戸克彦
(9)池田親興

 この並びは1年を通じ、ほとんど変わりなかった。

 その開幕戦、いきなり負けスタートとなったのだが、それも広島の「隠し球」にやられての敗戦スタート。負けはしたが、何かを予感させる波乱の船出だったことを強く記憶している。

 とにかく・・・

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岡田彰布のそらそうよ

岡田彰布のそらそうよ

選手・監督してプロ野球で大きな輝きを放った岡田彰布の連載コラム。岡田節がプロ野球界に炸裂。

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