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岡田彰布コラム

岡田彰布コラム「アイボリーにエンジ刺しゅう文字の早大ユニフォームにあこがれ、それを着てのプライドもあった。阪神は80年代がよかったわ」

 

あこがれていた早大のユニフォームを着て、4年生のときには主将番号の「10」も背負った。このユニフォームはオレにとっては宝物よ/写真=BBM


早大のユニフォームはオレにとっては宝物よ


 訃報が届いた。阪神の元オーナーだった手塚(手塚昌利)さんが亡くなられた。オレが阪神の監督になり、4位に終わった2004年の1年目。そのシーズンオフの11月、オーナーに就任された。いきなり「来シーズンは優勝を!!」とハッパをかけられた。05年、リーグ優勝を飾ることができた。オーナー就任1年目の優勝に、ホンマ、喜んでくれた。優勝決定後の祝勝会、ビールかけにも参加してもらった。あのときの柔和な表情を忘れない。オーナーと監督の関係は長くなかったけど、濃密な時間だった。ご冥福をお祈りするばかりである。



 話は変わって、週べである。シーズンがスタートしない中、あれやこれやと企画を考えているようや。今週の特集は「ユニフォーム」とのこと。野球をやっていた人間には、切っても切れないユニフォーム。そら、思い出は多いわね。

 本格的に野球を始めた小学生時代。オレは「リトルホークス」に所属した。その名のとおり、南海ホークスのリトル・リーグで、ユニフォームの、胸のところには、グリーンのスペルがある。南海ホークスと同じデザインで、これが幼心にとてもうれしかったな。

 中学、高校と進み、そして大学はあこがれの早稲田に……。ホンマ、オレは早大のユニフォームにあこがれていた。実にカッコいいユニフォームで、それを着るために、必死に勉強した。生地の色は白ではなく、アイボリーというのかな。襟の部分がカッコよくてね。胸にエンジの刺しゅう。そして帽子が八角帽で、他校に比べ、丸くなっていて……。中央にエンジで「W」があり、ストッキングもエンジ。シンプルであるけど、実に味わい深いユニフォームやった。

 これを着るために、頑張ってきた。2年生から背番号は「3」で、4年生ではついに「10」を着ける。これは主将の番号。早大10番のユニフォーム……。責任の重さ、そしてプライドを持って1年間、ユニフォームを身に着けた。プロに入るまで、やっぱり早大のユニフォームが最も・・・

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岡田彰布のそらそうよ

岡田彰布のそらそうよ

選手・監督してプロ野球で大きな輝きを放った岡田彰布の連載コラム。岡田節がプロ野球界に炸裂。

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