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岡田彰布コラム

岡田彰布コラム「監督最後の試合、オレは球児が泣きじゃくる姿を見て泣いた。あれから12年。球児もオレも笑っていた」

 

二軍監督時代から球児を見てきたオレとしてはあのころから何も変わらん。セレモニーでは笑顔でオレを迎えてくれたよ[写真=毛受亮介]


空振りを取れるストレートこれにオレは確信があった


 タイガースの二軍監督になった初年度(1998年)、ドラフト2位で入団してきたのが井川慶やった。その翌年、藤川球児(以後、球児と書かせてもらうよ)がドラフト1位で入団。2人とも高卒で、将来のエース候補と言われていた。

 オレはキャッチボールや遠投を見ることが大切と思っていた。これこそが投手の基本。すると2人には大きな違いがあった。井川はキャッチボールでも、ズドンという強いボールを投げていた。一方の球児。彼はそういう球ではなかった。しかし、遠投で100メートルを投げると、なかなか落ちてこない。どこまでも伸びていくボールを投げていた。いわゆる球質のいいボールというのか、ホンマ、キレイな球やったことを鮮明に覚えている。

 そんな2人は、1人は先発の柱となり、もう1人は勝利の方程式の一角となって、2005年のリーグ優勝に貢献してくれた。そして今、球児がマウンドで待っていた。11月10日、球児の引退セレモニー。OBを代表して、オレは花束を贈り、声をかけた。「先発でうまくいかんかったことが、逆によかったな。ホンマ、長い間ご苦労様」。球児は「そのとおりです。ありがとうございました」と返してきた。

 08年、クライマックスシリーズ第1ステージ3戦目、対中日戦で球児がウッズに打たれ、これがオレのラストゲームになった。最後、オレは泣いた。球児が泣きじゃくる姿を見て、泣いた。あれから12年……、卒業する球児は笑っていた。オレも笑っていた。やり切った男のすがすがしさが漂っていた。

 球児が先発からリリーバーになった経緯は多くのファンに知ってもらっていると思う。短いイニングなら、間違いなく抑え込める。何より・・・

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