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日本ハムの鉄腕・谷元圭介を生んだ先入観からの脱却

 

文=斎藤寿子 写真=BBM

23日現在、31試合1勝0敗0S11H 防御率3.07。日本ハム投手陣を影から支えている



「何でアイツが入れて、オレがダメなんだ?」


 今季初の5連敗。まさに急ブレーキといったところだろう。北海道日本ハムが苦しんでいる。反比例するかのように5連勝と好調の首位福岡ソフトバンクとのゲーム差は、3.5にまで開いてしまった(23日現在)。

 そんな状況だからこそ、この男の存在が大きく見えて仕方ない。セットアッパー谷元圭介だ。疲れが見え始めたリリーフ陣の中で、黙々と自らの仕事をこなし続けている。

 同一カード3連敗を喫したソフトバンクとの首位攻防戦(19〜21日)、第1戦では同点の8回に登板し、内川聖一を一ゴロ、そして李大浩松田宣浩を連続三振に切ってとった。ソフトバンクのクリーンナップ相手に、谷元の真骨頂である低めをつく見事なピッチングだった。

 第3戦では、右手のマメがつぶれて途中降板したメンドーサの後を継ぎ、緊急登板を余儀なくされた。1点リードの4回、メンドーサが四球で出した先頭打者の内川を一塁に置いての場面だった。谷元は1死後、松田に鋭いヒットを打たれ、一、二塁とピンチを広げたものの、中村晃を中飛、今宮健太を投ゴロに打ち取り、無失点で切り抜けた。続く5回裏は1死三塁としたものの、後続を断ち、この回もゼロに抑えた。

 この日の谷元はボールが高く、甘い球が少なくなかった。現在、チーム最多の31試合を投げているだけに疲労もあるのだろう。それでもきっちりと無失点に抑えるところにメンタルの強さを感じた。

 谷元は、報道で取り上げられることも少なく、決して目立つ存在ではない。だが、日本ハムにとって今や不可欠な存在であることは間違いない。まさに名バイプレーヤーである。そんな谷元のプロ野球人生も、この人の存在なくしてスタートしていなかった。プロ入り前に2年間在籍したバイタルネットの三富一彦監督だ。

 中部大学時代、谷元は愛知大学リーグでベストナインに選ばれるなど実績も十分にあり、社会人チームの関係者からの評価も決して悪くなかった。だが、どこからも声がかからない。理由は「身長が低い」こと。ただ、それだけだった。

 そんな谷元に、ただひとり「ぜひ、うちに来てほしい」と声をかけたのが、三富監督だった。

「谷元を初めて見たのは、彼が大学4年の時の、秋のリーグ戦前でした。実は、最初は愛工大の星野真澄(元巨人)を観に行ったんです。そしたら愛工大の監督さんから『同じリーグでもうひとり、まだ次が決まっていないいいピッチャーがいる』と聞いてすぐに観に行きました。ブルペンで投げるボールを見て、ひと目で気に入りましたよ。真っすぐも変化球も低めにコントロールされて、キレが良かったですからね。身長の低さなんて、まったく気になりませんでした。それこそ即決で、その日に声をかけました」

 この時のことを谷元自身はこう語っている。

「大学4年の時は『いいものを持っているんだけど、身長が低すぎる』というふうに言われて、どこからも誘われませんでした。正直、『何でアイツが入れて、オレがダメなんだ?』と悔しくして仕方なかった。でも、三富監督だけは身長関係なく、僕のピッチングを評価してくれたんです」

 そして谷元がプロの扉をこじ開けた、もうひとつの要因は野球以外のところにあった。谷元が入社当時、バイタルネットは野球部といえど、勤務時間は他の社員と変わらなかった。お昼から練習できるのは週に1度だけ。しかし、その練習にあてられた時間の分を、残りの4日間でカバーするために7時半から17時まで仕事をしなければならなかったのだ。

 入社して数カ月間、谷元はまったく仕事にやる気が起きなかった。彼の中では「オレは野球をしに来たんだ」という気持ちがあったのだろう。「嫌で仕方なかった」という。ところが、その年の夏を境に、彼の勤務態度はガラリと変わった。

「何があったわけというわけではないんです。ただ、どうせ長い時間拘束されるなら、ちゃんとやった方が自分にとってもいいんじゃないかなと」

 仕事への意識の変化は、野球にも好影響を与えた。練習での集中力が増し、しばしばピッチングについて閃きが生まれるようになったのだ。

 ある日、谷元はふと「もう少し軸を意識して、体を鋭くきるようにして投げてみたらいいんじゃないか?」と考えた。すると、ビュンッとボールにキレが増し、それまで140キロ台前半だったスピードが、その年の秋の日本選手権では147キロを計測するほど伸びたのだ。そしてそれがスカウトの目に留まり、翌年の指名へとつながったのである。

 ドラフト指名直後、谷元はこう語っている。

「仕事への意識が変わったことが、僕にとってはすごく大きかったと思います。大学時代に読んだ野村克也さんの『野村ノート』にこう書かれてあるんです。<心が変われば態度が変わる。態度が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる。運命が変われば人生が変わる。>と。本当にその通りになったなぁと思いました」

 プロ野球選手の誕生には、選手自身の能力だけでなく、人との縁や気持ちの変化など、さまざまなものが絡み合っている。谷元の活躍を目にするたび、そんなことが脳裏に浮かぶ。
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