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プロへの扉を開いた花咲徳栄・大瀧愛斗と岩井隆監督の絆

今夏の甲子園では14打数7安打4打点と力を発揮。ベスト8進出に貢献した

 

“10割打者”を目指して練習に明け暮れた3年間


甲子園前の強気の発言は、気持ちで対戦相手に負けないように自分で暗示をかけるためだったという



 埼玉西武から4位で指名を受けた大瀧愛斗。2年春から花咲徳栄の4番として、チームを牽引し、今夏の甲子園では攻守にわたって活躍。5割近い打率を残し、夏は初となるベスト8進出に大きく貢献した。

 プロ志望届提出は、大学進学への道を考えることなく、退路を断ったうえでの決断だった。「たとえ育成でも行く」とプロへの気持ちは誰よりも強かった。「やることはやった。あとは待つだけ」と、まさに「人事を尽くして天命を待つ」心境でドラフト当日を迎えたという。とはいえ、指名される保障はない。不安があったのも事実だった。

 「大瀧愛斗」。自らの名前が呼ばれた瞬間、嬉しいという感情よりも、安堵の気持ちの方が強かった。隣で一緒に会議の様子を見守っていた岩井隆監督は泣いていた。

「先生はこの日のために、自分に厳しく指導してきてくれたんだなぁとしみじみ思いました。こんなに自分のために尽くしてくれたんだと、とても嬉しかったです」

 大瀧に対する岩井監督の指導は、他の選手とは比較にならないほど、厳しかったという。入学当初は「なぜ自分だけが怒られるのか」という気持ちしか抱くことができなかった。初めて岩井監督の厳しさに込められた思いを知ったのは、1年の冬。2学年上の先輩、若月健矢オリックスにドラフトで指名を受けた時のことだ。

「ある雑誌に岩井先生のインタビューが載っていたんです。『若月にはエースよりキャプテンより、一番怒った』と書かれてあるのを読んで、『自分が怒られているのも、そういうことなんだ』ってわかったんです」
 
 今夏の甲子園での活躍も、岩井監督への強い信頼感が導いたものだった。

 2年春から4番に座った大瀧だったが、3年の春まで不調が続いていた。練習試合では力を発揮できるのに、なぜか公式戦となると打てない。2年春から3年春までの1年間、大瀧はヒットが出たとしても、わずか1本という不甲斐ない成績に終わった。

 最後の夏の大会が始まる直前には、バットにボールが当たらないというほど、絶不調に陥っていた。そんな時だった。岩井監督が大瀧を呼び寄せ、こう言ったのだ。

「今までオマエには一番厳しく指導してきた。そして、オマエは一番努力してきた。だからオマエは絶対に打てる。余計なことを考えずに、覚悟を決めてバットを振れ」

 すると翌日、大瀧のバットから快音が響き渡り始めた。信頼している岩井監督の言葉が、大瀧の迷いを吹き消したのだ。

時間さえあればバットを振り込んでいた影響から手の平は固くなっていた。また、高校野球引退後もプロへ向けた練習に取り組んでいるだけあってマメも出来ている



 気持ちの変化は、バッティングフォームまで変えた。甲子園での大瀧は、「ただそこにバットを持って立っているだけ」というほど、まったく力みのない構えから、インパクトの瞬間だけグッと力を入れるバッティングを見せていた。それは、岩井監督からの言葉がきっかけだったという。

「夏の県大会直前まで、僕は思い切り膝を曲げないと打てなかったんです。膝に力をためて、それを全部ボールにぶつけるという感じで打っていました。でも、岩井先生から『オマエは打てるんだから、余計なことを考えずに振りなさい』と言われて、『力を抜いてみよう』と思って棒立ちのようにして振ってみたんです。それがうまいことはまりました」

 甲子園での活躍は、ここから始まったのだ。

 さて、大瀧を「10割打者」を理想として育ててきた岩井監督が、教え子の成長を感じたのは甲子園での3回戦、鶴岡東戦だった。その試合、大瀧は2本のヒットを打っている。いずれも変化球をとらえたものだった。

「よく準々決勝の東海大相模戦、小笠原(慎之介)君から打ったライト前へのヒットを言われるのですが、あれは追い込まれてのもの。もう一回打て、と言われても打てるものではありません。いわゆる奇跡的なものですから、そういうのは私はあまり評価しないんです。大瀧にはこれまでずっと球種やコースを読んで、そのボールが来たら芯で当てるという指導をしてきました。それができたのが鶴岡東戦。相手ピッチャーの一番いい縦のスライダーを、大瀧自身が読んで、それを仕留めたものだったんです」

普段、大瀧を褒めない岩井監督が絶賛した鶴岡東戦でのヒット。高校3年間の全てが集約されたバッティングだった



 さて、「甲子園で4番打者」と言うと、どうしてもバッティングだけに目が行きがちだが、大瀧は守備力にも長けている。ほとんど褒めないという岩井監督も「あんなに初めの一歩が早い外野手は見たことがない。最初から巧かったですから、守備に関してはほとんど何も指導していないんです」と絶賛するほどだ。

 本人も甲子園での印象的なプレーのひとつに準々決勝の東海大相模戦、6回に抜ければセンターオーバーの長打となる当たりを、ジャンピングキャッチでアウトにしたプレーを挙げている。

本人が挙げた東海大相模戦の守備。チームに流れを引き寄せるプレーだった



 また、初戦の三沢商戦ではランニングホームランをマークするなど、足もある。まさに「走攻守三拍子揃った」18歳。不退転の決意で入ったプロの世界で、どんな選手となるのか。伸びしろはまだまだあるはずだ。

取材・文=斎藤寿子 写真=BBM、遠藤武(インタビュー)
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