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王貞治756号本塁打40周年記念企画

【王貞治756号本塁打(14)】平松の王攻略法とは?(9月1日)

 

1977年、今から40年前、大げさではなく、日本中がプロ野球に熱狂した時期がある。王貞治のハンク・アーロンが持つ当時のメジャー最多記録通算755号本塁打への挑戦だ。アーロンはブレーブス、ブリュワーズで76年まで現役を続けたホームランバッターだが、その引退翌年に王が世界記録を狙うのも、面白いめぐり合わせではある。週刊ベースボールONLINEでは、9月3日、756号の世界新記録達成までのカウントダウンを振り返っていく。

自宅前で160人以上にサイン


第4打席では頭近くに来た危ない1球も。球場のあちこちから悲鳴が上がった


 世界タイ記録755本塁打をマークした大洋戦翌日の9月1日、王の家の前にはファンでぎっしり。あまりの混乱状態にパトカー3台が出動し、警備体制を取った。その中で、ファンが行列を作る。王のサインをもらうためだ。報道陣が数えたところ160人以上がいたが家を出てきた王は、その全員にサインをした。

 少年時代、後楽園の巨人戦でサインをもらおうとした際、誰もサインをしてくれず、ただ1人、与那嶺要だけがしてくれたという。そのときのうれしさをずっと忘れないからだ。

 この日は大洋3連戦の最終戦(後楽園)。一発出れば、世界新記録の試合に挑んだのがエースの平松政次だ。カミソリシュートを武器にし、右打者の長嶋茂雄(77年は監督)は通算打率.193と抑え込んでいたが、シュートが逃げる球となる左打者の王には、王が引退する80年までの通算で打率.370、25本塁打と打ちまくられている。

 平松は打者・王について次のように語っている。

「王さんは、ホームベースの四隅にビシッと決まればあまり打たない。その代わり甘い球は100パーセント打ってきてホームランにする。ただ、王さんに対して3球続けてぎりぎりにいっぱいの球を投げるのは至難の業なんです」

 悩んだ平松は、あえてカウントを0ストライク3ボールにしたこともある。このカウントなら100パーセント、「待て」のサインが出るから1ストライクは取れる。あとは2球をきっちり投げ切ればいい、と。平松は2球なら投げ切れる自信があったというが、それはそれですごい。

 この日はベンチの指示がない限り、王に対する敬遠は禁止されていたという。試合後のコメントは「すべて勝負にいった」だったが、後日の振り返りインタビューを読むとそうではなかったようだ。少し抜粋する。

平松 四球を出してるでしょ。

──四球と三邪飛。

平松 ああいう世界的な記録、日本中が大騒ぎしているとき、投手としてできるだけ避けたいですよ。相当、避けて、逃げたピッチングをしたと思います。やっぱりホームランを打たれるのは嫌だし、汚点になりますからね。気持ちはかなり逃げていました。王さんもサードフライというのは、待ちきれなくてボール球に手を出したんじゃないかな。

 第3打席は平松が肩の痛みを訴え、左の大川浩が緊急登板。前日も王と対戦し抑えていたが、この日は、新記録達成を待ち望む球場の異様な雰囲気に加え、準備不足もあってか、死球を与えてしまった。

 続く第4打席は奥江英幸。「王さんに投げさせてもらったら絶対に逃げない」と試合前に話していたとおり、強気の内角攻めを見せ、2球目には頭の上を通過する危険な1球もあった。最終的には捕邪飛で、王のこの日の打席は終了。試合は4対2で巨人の勝利となったが、王の世界新記録実現はならず、翌日からは同じ後楽園でのヤクルト戦となった。

<次回に続く>

写真=BBM
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