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広島・安部友裕の信念「覇気あるところに道は通ず」

 

2年連続でセ・リーグを制覇した広島。10年目を迎えた安部友裕もまた、優勝への立役者だった。とにかくガムシャラに、全力でプレー。そのスタイルがチームに勢いを与えた。背番号60のプロ野球人生とは――。

「覇気」に込められた揺るぎなき思い


10年目の今季は一時首位打者に立つなど、三塁の定位置を奪取しようとしている


 言葉は口にすることで力を増していく。お立ち台でもインタビューでも、安部友裕は、この二文字を連呼する

「覇気」

 今や、カープファンにも定着し、覇気ステッカーなるグッズも販売されたほどである。

 冗談でもリップサービスでもない。本人はいたって大真面目。なぜなら、この言葉には、安部を叱咤激励した指導者たちの熱い魂が込められているからだ。

 2008年、安部は福岡工大城東高から高校生ドラフト1巡目で入団。将来のレギュラーとして期待された。4年目には一軍デビューを果たし、二軍で盗塁王にも輝いた。5年目には53試合、6年目には75試合に出場し、ニュースター誕生の雰囲気もあった。しかし、翌14年は一軍での出場は3試合にとどまり、二軍で2度目の盗塁王も獲得したものの、「素直に喜べない」25歳のシーズンとなった。

 このころ、彼に「覇気」という言葉を送ったのが、現在の一軍打撃コーチの東出輝裕だった。現役最晩年を迎え、コーチ兼任でプレーする東出は自らの若き日を思い出していた。

「僕たちも、『覇気がない』って言われてきました。『覇気ってなんだろう』って、栗原(健太)らチームメートと話したこともあります」

 東出は誰もが認めるクレバーな男。精神論や根性論を唱えるタイプとは真逆である。そんな彼が、技術面のアドバイスではなく、「覇気」という抽象的な言葉を贈った。

 理由はあった。東出は現役選手として栄光も挫折も重ねるうちに、その言葉の定義を見つけてきたからである。

「『覇気』とは、意志のことだと思います。やらされるのでなく、自発的にやることです。ですから、失敗しても前向きなものは構わない」

 言葉だけではない。偉大な背中も安部に語り掛けた。35歳になり、ヒザの故障を抱えて二軍生活が長くなりながらも、早朝からトレーニングルームで体を動かす東出の姿。さらに15年にはベテランであり四番を担いながら、全力疾走はもちろんベンチにあっても喜怒哀楽を爆発させる新井貴浩が復帰。カープの歴史の転換点に身を置いた安部は、「覇気」の解釈をどんどん深めていった。

「とにかくガムシャラにやる、全力でやる。大事なことですが、ある意味、誰でもできることです。そこに、考えを伴った行動を起こしてこそだと思います」

 15年は26試合の出場に終わったが、安部の心はブレることすらなくなった。

攻守に見える成長の証し


4月1日の阪神戦(マツダ広島)では延長10回に、チームに今季初勝利をもたらすサヨナラ打。お立ち台ではやはり「覇気」の言葉が飛び出した


 プレーへの意志は数字にも表れている。880グラムから940グラム。安部のバットの重量である。もともとは軽めのバットを使用していた。それに気づいたのが迎祐一郎打撃コーチだった。

「もちろんバットは手で操作するものですが、基本は下半身主導です。軽めのバットが操りやすいのは、理屈としては分かります。でも、限界もあります。甘えの中での選択なら、違うと思います。重さが変わっても、しっかり操作するための下半身が重要です。もともと、安部はしっかりつかまえればスタンドインさせるだけの力を持っている選手でしたから」

 安部は940グラムのバットにトライした。キャンプでは腱鞘炎になりながらもバットを振り続けた。すると、打球は力強く左中間へ飛ぶようになっていった。

「軽いバットを振り回していましたが、(重いバットにすることで)ボールをたたけるようになりました」

 打席での考え方にも変化が生じていた。これまで大きかった調子の波を抑えることができるようになってきたのである。

「やはり、波のある選手は使いづらいと思います。打てないときも、いろんな感情をコントロールして、受け入れながら反省していく余裕を持つように考えました」

 スイングは強くなったが、しかし、それを粗さにはつなげない。状況判断と気持ちのコントロールがカギだった。

「ボールに飛びつかないようにしています。打ちたい欲を何とか抑えて、がっつかないようにしました。何でも追いかけるのでなく、狙った球だけ打ちにいくことを考えています」。

 ガムシャラに打ちにいくわけではない。安部の全力プレーには、意志が宿っているのである。それはリーグ最強といわれるカープ打線の方針とも合致している。

「とにかくつなぐ。どの打順でも、次のバッターにつなぎます。どこからでもチャンスメークをしていく意識です」

 やみくもにバットを振り回す姿は、なくなった。適正な重量のバットで狙いを持ちながらコンタクトしていく。打席での上質な全力プレーが可能になった。

「以前はヒットを打ちたい気持ちばかりでした。でも、ヒットを求めながらも場面によっては進塁打を意識できるようになりました。入団当初から言われてきたことではありますが、なかなか実際にはできていませんでした。ただ、先輩やコーチの方の話を聞くうちに、野球のことをもっと考えるようになりました」

 強い役割意識と責任感は、安部の打席での姿を変えた。

「何とか好投手からでもセカンドゴロでランナーを進めよう。フォークボールで三振かという場面でも、食らいつこうと考えるようになりました」

 精神論でもあり、技術論でもある。しかし、両者は矛盾するものではない。なぜなら、いずれも安部の「意志」に基づくものだからである。

多くを得た10年間の歩み


試合でも、練習でも、ひたむきな姿勢は変わらない。プロ10年目で最大のチャンスをつかもうとしている


 レベルアップしたのは、打撃面だけではない。今年、マツダスタジアムを訪れた岡義朗(野球解説者)は快活な関西弁で安部に声を掛けた。

「うまくなったなあ」

 安部の入団当時、岡は二軍の守備・走塁を担当するコーチだった。9年前、由宇練習場で安部は松山竜平とともに、居残りでノックを受け続けていた。ノックバットを握る岡は、身体能力の高さは認めながらも、高卒1年目のルーキーに守備の基本を繰り返し説いてきた。

「やはりグラブは下から上に出すのが理想です。もともと、彼は動きが硬くなって、ハンドワークが使えていませんでした。ガチガチになって、ステップする足がそろってしまうこともありました。そこで、シングルハンドでも構わないので、下からグラブを出すように指導しました」

 しかし、技術はすぐに身につくものではない。ベテラン指導者の岡は、絶妙の声掛けで安部のチャレンジを後押しした。

「エラーを怖がるな。同じ失敗でも、形の良い失敗のほうがいいでしょ。失敗するなら、いい形でいこう」

 そこからの成長を、岡はユニフォームを脱ぎ、解説者としてネット裏から見つめることになった。岡は、守備面と打撃面の成長に関係性を感じている。

「守備でボールを捕る瞬間の力強さ、打つ瞬間の力強さ、共通するものを感じます。バッティングの非力さもなくなり、バットのヘッドが走るようになりました。当て逃げのような打席も見られなくなりました。グラブもしっかり下から出ています。スローイングにもつながっていますね」

 その歩みを知るだけに、評論する声も明るく弾んだ。

 17年、安部の守備は安定感を増している。かつて指摘された「プレーの軽さ」はどこにもない。技術面の成長と前年の115試合の経験が土台になっている。内野守備を担当する玉木朋孝コーチは語る。

「もともとプレーが雑なのではなく、自信がなかったのだと思います。かつては二軍の試合でも、慌ててしまったプレーが雑に見えることもありました。それに、上手に見せようとしたプレーが軽く見えてしまう場面もありました。それも、経験で変わりました。1球の重み、1球で試合の流れが変わってしまうことを感じたと思います」

 練習でチャンスをつかみ、経験が自信を生む。自信は判断力と余裕を生む。10年目、安部は内野手としての好サイクルに突入した。

 13年、75試合の出場で安部はチームの顔に成長するはずだった。しかし、そこから2年間苦しんだ。それでも、安部は、その時間をマイナスにはとらえていない。

「別に遠回りと思ったことはありません。技術が足りなかったということです。どん底に近い経験を味わいましたが、おかげで、いろんな技術も学べましたし、気持ち的にも大人になれたと思います」。

 二軍で過ごした時間に心がけていたことがあった。

「ひたむきに。くさらず。人のことは気にしない」

 だからこそ、物事の本質が見えてきた。

「かつては、自分のチームや相手チームの選手を見るときに、打ち方とか技術ばかりに目がいっていました。最近は、各選手の取り組みそのものを見るようになりました」

 入団10年目。遠回りでもない。遅咲きでもない。背番号60は、ただ目の前のことに全力だった。だからこそ、歴代の指導者は彼に大事なものを説き続けた。それは、いつしか安部の血肉となり、意志としてプレーに宿るようになった。

 苦しんだ時間も「あって良かった」と言い切る28歳。出合い、練習、前向きな失敗……チームの連覇を果たした。安部は、カープ黄金時代の扉口に立っている。安部なら、ここからの困難も乗り越えてくれるだろう。

 覇気あるとこころに、道は通ず。

写真=BBM
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