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編集部員コラム「Every Day BASEBALL」

“打者”井口資仁が最後に見せたかったもの

 

井口は引退試合で追い求めていたものにたどり着く一撃を放った


「劇的!」「ミラクル」――。様々な言葉がメディアの見出しに踊った。

 9月24日、ZOZOマリンでの日本ハム戦。ついに迎えた井口資仁の引退試合。1対3のビハインドで迎えた9回裏、無死一塁。21年間のプロ野球人生の中で何度も見せてきた勝負強さは、最後の瞬間まで変わることがなかった。バックスクリーン“右”へ飛び込む、起死回生の同点弾。延長12回裏に鈴木大地のサヨナラ打を呼び込み、自らのバットで、自らの花道を鮮やかに彩った。

 この一撃は、井口自身が追い求めていたものでもあった。6月20日、突然の引退表明会見の場でこう口にしていた。「(残りのシーズンで)これまでのすべてを出し切りたい。今まで追い続けていた右方向の打球。もう1度、右方向へ強い打球を打つことを目指してやっている。1本でもそういうバッティングができるように」。

 その結実だった。日本ハム・増井浩俊のストレートをとらえた打球はセンター逆方向へ伸びていく。バックネット裏の記者席やや左から見ていたためか、視界が打球の真後ろに入り、遠近感が狂う。中堅・西川遥輝が捕球態勢に入りながら落下点へ最短距離で走り込むのが目に入ると、「わずかに届かないのでは」と思えた。しかし、ボールは失速の気配を微塵も見せることなく、スタンドへ吸い込まれていった。

「今シーズン、あの方向は(最後に)失速していたんですけど。この何年か忘れかけていた感触だった」。8月28日、若手にチャンスを与えるために自ら申し出て一軍登録を抹消されてからも、二軍施設のロッテ浦和でバットを振り込んできた。「あの打球方向、自分らしい打撃を求めて練習してきたので」。

 最後の1試合、最後の一振りで、追い求めてきたバッティングを披露した。「思い残すことはない」と言いながらも、「まだまだできるんじゃなかいかと思う反面……(笑)」という言葉がこぼれたのもうなずける。

 言うまでもなく、井口資仁の最大の魅力は攻守走を兼ね添えたトータルプレーヤーだったことにある。今でこそ勝負強さを備えた強打者のイメージが強いが、2001、03年には盗塁王を獲得し、メジャー時代には最高級の身体能力が求められるセカンドというポジションで、伝説級の好守を披露している。自身も、「打って走って守れての3拍子。それが理想」と口にしながら、「40歳を越えて、それもままならなくなり、打つほうに……」と、理想と現実の間に置かれた葛藤を明かしたこともある。

 それでも、残された「打つほう」において、最後の最後に迎えた大舞台で「追い求めていたもの」にたどり着いた。その事実こそが、レジェンドの名を欲しいままにしてきた所以ではないか。

 トータルプレーヤーから打撃の求道者へ。21年間のプロ野球人生における変遷を追えば、数多のエピソードに彩られた極上の物語ができ上がる。そして完ぺきなフィナーレ――。そんな真のスターが、ついにユニフォームを脱いだ。

文=杉浦多夢 写真=榎本郁也
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