駒大は日大との入れ替え戦を制して5季ぶりの一部復帰。今春から指揮を執る大倉監督は神宮の杜を舞った
就任2シーズン目にして、母校を5季ぶりの一部昇格へ導いたのは、侍ジャパン女子代表の元指揮官である。11月6日、神宮球場で東都二部優勝・駒大は一部最下位・日大を連勝(2回戦は2対0)で下した。今年1月から駒大を率いる大倉孝一監督は18年、女子野球にかかわってきた指導者だ。2006年にコーチから監督に就任すると、女子W杯では08、10、14、16年と4度の世界一。女子野球界の名将だ。
「それしかありません」
大倉監督のポリシーは、女子選手の指導が根底にあるという。一言で説明するなら「コミュニケーション」だと力説する。
東京都世田谷区内にある駒大野球部合宿所2階の監督室ではたびたび、最上級生を主体とした「飲み会」が行われた。大倉監督は合宿生活、練習中はレギュラーよりもむしろ、メンバー外に気を配っていた。
「廊下、食堂、ボール拾いをしている最中、他愛もない会話ですが、声掛けをした。『俺はお前を見ているぞ!!』と」
チーム全体に言い続けたのは「お前たちは、気づいていないんだ!!」。その内幕をこう語る。
「練習一つを取っても目的意識、(試合に生かすための)イメージ、共有しないといけない部分が欠如していました。やるべきことを皆が、理解した。それが粘りにつながった」
駒大伝統の「粘り」とは何か――。春と比べて、秋は試合への意識が変わったという。
「序盤でピンチを迎えると慌てる。1点もやれない、という野球になる。そこで、やらなくてもいい失点を重ねる悪循環。この入れ替え戦では1回戦で初回いきなり3失点。でも、慌てなかった。『これからだよ』と。落ち着いて、チャンスでは一気にたたみかけることができた(5対3で逆転勝ち)」
女子選手を「その気」にさせてきた、人心掌握術が生かされた。
「選手を理解し、選手を動かす。われわれの時代は、こうしなさい、ああしなさいという絶対的なタテ社会。ただ、男性と同じアプローチでは、女性には通用しません。すぐ泣くし、すぐへこむ(苦笑)。次に進みませんから、私の仕事も停滞する。聞いてあげないことには、解決しないんです」
駒大でもコツコツと会話を重ね、確固たる絆が芽生えていったのだ。主将・米満一聖(4年・敦賀気比)は親しみを込めて言う。
「飲み会は監督が相手ですから、最初は緊張しましたが、楽しくさせてくれる。信頼していった。今では監督じゃなくて、良いおっちゃんですよ(笑)」
一部復帰を決め、三塁ベンチ前では駒大、歓喜の胴上げが始まった。当然、「大倉
コール」である。照れくさそうに出てきた指揮官は、ナインの手によって神宮の杜を舞った。これまで、世界一のたびに経験してきた儀式も、今回ばかりはまた別の思いがあったはずだ。
「こっぱずかしいんです(苦笑)。終わった瞬間に次がある、次がある、と考えるタイプ。でも、泣いていた米満のためにも喜ばしてやらないと、ね」とは言いながらも、照れ隠しにしか思えなかった。
一部復帰の夜は監督室で「飲み会」ではなく「祝勝会」の開催か? 大倉監督は真顔になった。
「応援してくれたOBの方々が(神宮球場の外で)待っている。お世話になりましたから、背負うものを感じていました。これで負けていたら今後、3〜4カ月、重い時間を過ごすことになるところでした。クリスマス、正月どころではない。それが東都、駒大の宿命なんですけどね……」
気持ち良く、年を越せる。
「リラックスして、ゆっくり、考えますよ。もう一度、課題を洗い出していきたい」
監督就任時に「腕の見せどころです」と、不敵な笑みを浮かべていたのを思い出す。絶対の自信があるように見受けられた。1年足らずで結果を残したわけだから、やはり、次元が違うようだ。
「(一部復帰が)早い、遅いとかはない。いまある戦力で(活路を)見い出していく。事実、この春も狙っていたわけですから。計画を立ててやるような仕事ではない」
既存の指導者とは明らかに異なる、大倉監督の選手との接し方。来春への戦いは、すでに始まっている。
文=岡本朋祐 写真=窪田亮