試合後、猛烈な“カーテンコール”に再び姿を現した松井
「もうユニフォームを脱いでクリーニングの箱に入れ、みんなに頼まれたサインをせっせと書いていたんだけどね」
巨人・
松井秀喜は、そう言って記者たちの笑いを誘った。
2002年11月9日は、東京ドームで日米野球のために来日したMLB選抜と巨人の親善試合が行われた日だ。
この年、優勝、日本一を果たした巨人にとっては、チームで戦う今季ラストゲーム、つまりはFAでのメジャー移籍を表明した松井にとって「巨人四番」のラストゲームでもあった。
試合は、
イチロー(マリナーズ)は欠場したものの、ボンズ(ジャイアンツ)とジオンビー(
ヤンキース)の2連発が2度見られ、MLB選抜が8対1と圧勝。松井は4打数1安打だった。
試合後、巨人の四番としての最後の試合を終えた気持ちを聞かれると,松井は「それよりボンズ、ジオンビーのホームランに圧倒されましたね」と笑顔で語っている。
実際、このあとも松井は日本代表として巨人のユニフォームを着る。もしかしたら、本当にさほどの深い思いはなかったのかもしれない。
ただ、観客は違った。
朝のテレビ番組で、
元木大介が「ゴジ(松井の愛称)を胴上げして送り出したい」と言ったことが一人歩きし、試合が終わってもほとんどの観客が帰らず、松井コールを送り続ける事態となったのだ。
これで急きょ、巨人・
香坂英典広報が松井と相談し、ファンへのあいさつが実現した。
大げさなものではない。さっと駆け足でグラウンドを飛び出し、ファンに手を振り、頭を下げる。割れんばかりの歓声が松井に送られた。
試合後、松井はいつもなかなかロッカールームを出てこない。この日も試合が終わり、1時間半ほどし、ほかの選手がすべて帰ってから、報道陣の前に姿を現した。あらためて、このときの心境について質問しても、はぐらかすような言葉しかなかった。
ただ、記者はみんな分かっていた。あのとき、松井の目が、真っ赤になっていたことを。間違いない、松井は泣いていた……。
写真=内田孝治