週刊ベースボールONLINE

背番号物語

【背番号物語】「#17」球史に爪痕を残した山田久志ら実力派の好投手

 

背番号は選手たちの「もうひとつの顔」だ。ある選手が引退しても、またある選手がその「顔」を受け継ぐ。その歴史を週刊ベースボールONLINEで紐解いていこう。

百戦錬磨のエースたち


阪急・山田久志


「11」や「18」が王道のエースナンバーだとしたら、「17」は“実力派”の投手ナンバーだろう。陽の当たる道のド真ん中を、大手を振って歩いているわけではない。ただ、その確かな実力で、やがて覇権を奪ってしまう。そんな好投手たちの系譜だ。

 大洋で黙々と投げまくって初優勝、日本一の立役者となったが、故障のため通算200勝に届かなかった秋山登や、史上最強のサブマリンとも評されながら、V9巨人には勝てなかった阪急の山田久志が好例だろう。サイドスローもアンダースローも少数派だが、自らの右腕のみを頼みに、圧倒的多数のオーバースロー投手を凌駕する実績を残している。

 着けた期間は短いが、阪神を追われて南海で復活した江夏豊も「17」だ。低迷するヤクルトで奮闘し、ついに初の優勝、日本一に貢献した松岡弘や、無冠ながら日本シリーズで輝いた広島山根和夫もいる。「17」には、敗れたエピソードですら似合う、ある種のダンディズムが漂う。

【12球団主な歴代背番号「17」】
巨人 スタルヒン(須田博)、藤本英雄槙原寛己高橋尚成大竹寛

阪神 門前真佐人白坂長栄桑野議、源五郎丸洋、岩貞祐太

中日 西沢道夫牛島和彦上原晃川井進(川井雄太、雄太)、柳裕也

オリックス 倉本信護本屋敷錦吾、山田久志、長谷川滋利増井浩俊☆(2018〜)

ソフトバンク 田中一朗、江夏豊、加藤伸一山田秋親岩嵜翔

日本ハム 樽井清一山崎武昭佐藤誠一今井圭吾浦野博司

ロッテ 中西勝己金田留広深沢恵雄武藤潤一郎成瀬善久

DeNA 秋山登、山下律夫、斉藤明雄(明夫)、加藤武治三嶋一輝

西武 玉造陽二、山下律夫、高橋直樹新谷博高橋光成

広島 門前真佐人、鵜狩道夫(好応、道旺)、山根和夫、大竹寛、岡田明丈

ヤクルト 宮地惟友、松岡弘、川崎憲次郎川島亮、成瀬善久☆

楽天 戸叶尚、フェルナンデス、ラズナー、長谷部康平塩見貴洋
(☆は現役)

最初と最後の完全試合も……


巨人・槙原寛己


「17」の系譜で興味深いのは、意外や意外、王道のド真ん中を歩んでいるような巨人だ。その「17」の初代はスタルヒン。沢村栄治は伝説のエースと呼ばれるが、戦前に2度のMVPに輝いても、1939年に現在もプロ野球記録の42勝を挙げても、プロ野球初の通算300勝を残しても、通算83完封が現在も破られないプロ野球記録であっても、スタルヒンがエースとして顧みられることはない。

 戦後、その「17」を継承したのが、スライダーの先駆者と言われる藤本英雄だ。戦局が悪化しつつあった43年の19完封、防御率0.73はプロ野球記録。通算防御率1.90、通算勝率.697もプロ野球記録だ(ともに投球回2000以上)。プロ野球で初めて完全試合を達成したレジェンドでもある。そして、2017年シーズン終了まで、最後の完全試合を達成したのも巨人の「17」、槙原寛己だ。

 ただ、藤本の完全試合は青森球場でのゲームで、カメラマンがおらず、試合中の写真は現存していない。カラー映像すら残る槙原も、のちに振り返られるのは、もしかすると史上最後となるかもしれない快挙の瞬間より、85年の阪神戦で“バックスクリーン3連発”を食らった映像のほうが多い印象だ。

 だからと言って、彼らの偉大な業績は、まぎれもない事実だ。「17」の投手たちが球史に残した爪痕は、いまも渋い輝きを放つ。

写真=BBM

関連情報

関連キーワード検索

週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部が今注目の選手、出来事をお届け

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング