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プロ野球回顧録

10年前の横浜/終盤まで3位争いに食い込むも響いた勝負どころでのミス

 

10年ひと昔と言うが、それだけ年月を重ねればプロ野球のチームも様変わりしてしまう。ここでは年末特別企画として、10年前、2007年のペナントレースを12球団ごとに振り返っていこう。

【2007年度チーム成績】
大矢明彦監督
セ・リーグ4位
144試合 71勝 72敗 1分 勝率.497

【BASIC ORDER】
投手 三浦大輔(先発)
投手 木塚敦志(中継ぎ)
投手 クルーン(抑え)
捕手 相川亮二
一塁 吉村裕基
二塁 仁志敏久
三塁 村田修一
遊撃 石井琢朗
左翼 佐伯貴弘
中堅 金城龍彦
右翼 内川聖一

GW中には3年ぶりの首位へ


全試合、四番に座った村田


 開幕を迎えるにあたり、一番の不安は先発投手陣だった。2年連続2ケタ勝利の門倉健がFAで巨人に移籍。先発経験のある川村丈夫加藤武治を中継ぎから回すなどしてローテを編成したが、構想はもろくも崩れる。

 エース・三浦大輔は波に乗り切れず、川村、加藤も結果を残せない。門倉の人的補償として移籍してきた工藤公康も左ヒジの違和感などもあり、開幕から3連敗を喫して二軍での調整を強いられた。当初、計算できる先発は土肥義弘寺原隼人の2人だけだった。

 そこでフル回転したのが中継ぎ陣。リリーフエース・木塚敦志を対右打者用として起用、さらに先発候補だった左腕・那須野巧を、スタミナを買って中継ぎに回した。先発に早く見切りをつけ、リリーフ陣を次々と投入するゲームも、序盤から多くあった。

 一方の打線は、新加入の仁志敏久を一番に固定し、石井琢朗を二番に配置転換。「勢いづけるのが先頭打者の役目」と、仁志は当初、初回第1打席の出塁率が5割を超すなど打線をけん引した。さらに、近年くすぶっていた鈴木尚典を左翼に再抜てきした。意地を見せたのが佐伯貴弘。吉村裕基との一塁争いに後れを取ったものの、開幕後に結果を残し外野の一角を手中にした。

 ベテラン中心の打線ではあったが、その中で若き2人の和製大砲、四番・村田修一と吉村が光った。新主砲として厳しくマークされる立場となった村田だったが、打点重視の打撃で確実性をアップさせた。その結果、初のタイトルとなる本塁打王(36本)、2年連続で100打点(102)をクリアした。

 決して厚い戦力とは言えないながらも、勝利への執着心を見せる大矢さい配。ゴールデンウイーク中には3年ぶりに首位の座を奪った。ただ、一度崩れるとなかなか立ち直れないところも、まだ発展途上のチーム。5月には大型連敗を繰り返し、一時5位にまで転落した。

8月中旬にBクラス転落


前半戦、Aクラスターンなど終盤まで競り合いを演じたが最終的に4位に終わった


 しかし、6月に入ると、寺原や工藤の移籍組の活躍や、三浦の復調で、再びチームは息を吹き返す。交流戦は最後を6連勝で締めて、14勝9敗1分けで12球団中3位という好成績を収めた。三浦は平松政次の球団記録を破る計35イニング無失点の球団新記録をマークし、7月のセ・リーグ月間MVPを獲得した。

 後半戦開幕の7月24日の巨人戦(東京ドーム)に勝利し、3位ながらも首位に1.5ゲーム差まで詰め寄った。しかしその後は負けが先行し、8月中旬にはついに猛反撃を続けてきた阪神に追い越され、4位に転落した。

 投手では三橋直樹、打線では野中信吾などの若手の活躍は見られたものの、月間防御率4.48と疲れた投手陣(特に中継ぎ)と打線はかみ合わず、上位3強との差は開くばかり。9月になっても、守備のミスが敗因につながる悪いパターンが毎試合のように続いて、首位とのゲーム差も2ケタにまで広がった。

 終盤の、阪神のまさかの大失速もあり10月上旬までクライマックスシリーズ進出の可能性を残し、日本一となった中日に勝ち越すなど、成績としては紙一重だった。しかし、その紙一重を埋めるのはそう簡単ではない。後半戦の大事な試合で守備のミスが続出したように、リーグ断トツワーストの91失策。盗塁数もリーグ最低に終わった。

 ベテラン中心の打線に風穴を開ける新戦力のさらなる台頭が臨まれ、「ミスが多かったことを、恥ずかしいと思わなければならない」と大矢明彦監督は言った。1プレーの大切さを肝に銘じることから、08年、第二次大矢政権の2年目は始まったが――。

写真=BBM

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週刊ベースボール編集部

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