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プロ野球回顧録

11年前のオリックス/コリンズ新監督が就任も3年ぶり最下位の屈辱

 

10年ひと昔と言うが、それだけ年月を重ねればプロ野球のチームも様変わりしてしまう。ここでは年末年始特別企画として、11年前、2007年のペナントレースを12球団ごとに振り返っていこう。

【2007年度チーム成績】
コリンズ監督
パ・リーグ6位
144試合 62勝 77敗 5分 勝率.446

【BASIC ORDER】
投手 トム・デイビー(先発)
投手 本柳和也(中継ぎ)
投手 加藤大輔(抑え)
捕手 日高剛
一塁 北川博敏
二塁 阿部真宏
三塁 グレッグ・ラロッカ
遊撃 大引啓次
左翼 下山真二
中堅 平野恵一
右翼 チャド・アレン
DH タフィ・ローズ

「ワン・ハート・ビート」を掲げて


チーム改革を目指したが最下位に終わったコリンズ監督


 オリックスの2007年シーズンは、メジャー・リーグで通算444勝を挙げたコリンズ氏が監督に就任して始まった。宮内義彦オーナーは「もうファンが待ってくれない。プレーオフ進出を狙ってほしい」と就任早々、結果を求めた。

 ただ、チームにとっては5年間で6人目の新監督。毎年のように首をすげ替えてきた。契約期間は3年。当時の球団社長が「中長期的に強いチームをつくるために先頭に立ってくれる人」と話したように、じっくり腰を据え、チームを立て直してほしいというのが本音だった。

「このチームにマイナスのことは言わない。プラスのイメージが必要なんだ」

 コリンズ監督はまず、負け癖がついたチームの精神面から鍛え上げようとした。掲げたスローガンは「ワン・ハート・ビート」。「たくさんの人たちの能力をひとつに集結し、正しいことを正しくやる」と語り、チームの結束を強く説いた。

 高知での秋季キャンプに始まり、宮古島キャンプでも課題とされたのが走塁面の強化だった。前年の盗塁数はリーグ最低。指揮官自ら指導に当たった。また、144試合を戦い抜くための基礎を作り上げるなか、コリンズ監督はいくつか自分のやり方をチームに持ち込んだ。

 ひとつは短時間で集中的に練習すること。そして休日練習の禁止。日が暮れるまで徹底的にユニフォームを泥にまみれさせるチームもあるなか、自らのスタイルを貫き通した。

投手陣の崩壊と深刻な打撃不振


8月中旬から6連勝をマークした金子


 3月24日の開幕戦(対ソフトバンク、ヤフオクドーム)。白星スタートを切ったこの試合で、コリンズ監督は遊撃手に新人の大引啓次を抜てきするなど思い切った選手起用を見せた。3月を4勝2敗と勝ち越すなど、チームは確実に変わりつつあるかのように見えた。だが、4月末からチームは失速する。原因は投手陣の崩壊と深刻な打撃不振だった。

 4月28日のソフトバンク戦(京セラドーム)が始まりだった。早い回で先発投手が打ち込まれ、試合を作れない日々が続いた。象徴的だったのは連敗が10まで伸びた5月8日のロッテ戦(同)。先発の吉井理人は2回を持たずにKO。ブルペンから出てきた投手も次々と打ち込まれ、打線もわずか2安打、0対13で大敗を喫した。翌日の同カードで連敗を止めたものの、さらに6連敗。5月の時点で借金は17にまで膨れ上がり、早くもペナントレース争いから脱落した。

 そして、このころからコリンズ監督にも変化が見られるようになった。開幕当初は選手がどれだけミスをしてもかばい続けていたが、批判の矛先を選手に向けるようになった。

 投手陣の崩壊と深刻な打撃不振。オリックスの借金はさみだれ式に増えていくものと思われ、実際に順位も低空飛行だった。そんななか、08年に向けた明るい兆候を見せてくれたのがローズと若手投手の台頭だった。

 ブランクを経て日本球界に復帰したローズは、開幕戦での本塁打を皮切りにアーチを量産。8月10日のソフトバンク戦(スカイマーク)でサヨナラ弾を放つなど、42本塁打をマーク。四番として期待以上の数字を残した。

 投手陣では岸田護金子千尋の働きが目立った。特に金子は8月18日の西武戦(グッドウィル)ので初先発から6連勝でシーズンを終え、コリンズ監督に「もっと早く先発で使えば良かった」とまで言わしめた。

 機動力の強化など、コリンズ監督が開幕前に掲げた課題が解消されたとは言えない。後半戦の手応えとは別に、チームは3年ぶりの最下位。コリンズ監督は「今年は日本の野球に適応しなければいけない1年だった」と話した。

写真=BBM

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週刊ベースボール編集部

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