親友である星野仙一氏(写真右)とは監督同士のときには付き合いを断って、真剣勝負を挑んだという山本氏(左)
野球殿堂入り通知式が行われた1月15日。
金本知憲阪神監督の殿堂入りに際し、
広島カープ時代の監督である
山本浩二氏がお祝いのスピーチに立った。このとき山本氏は「本来なら星野仙一がこの場に立つべきだった」としみじみと語った。
この日、山本氏は「仙(星野仙一氏)から今でも電話がかかってきそうで……」といまだにその死を受け入れられない様子だった。星野氏が
楽天の監督、そして球団の重職に就いてからは、年に数回会う程度になっていた。だが、それでもお互いの気持ちは通じており、電話などで近況を短く語るだけでも十分で、まさに親友であった。
さて、自分にそういう親友がいるだろうか、と考えさせられた。幸いにも1人ほどいて安心したが、その親友とも頻繁には連絡は取らないが、何となく元気で頑張っていることは分かる。これは想像だが、山本氏と星野氏、そして
田淵幸一氏の3人もそういう感じだったのではないだろうか。
しかし、山本氏は星野氏のすい臓がんのことを知らなかったという。それについては「人に弱みを見せない男だからな」と理解していた。それでも、教えてくれていたら、その後の付き合い方も違ったのに、という思いもあるという。星野氏の考えも十分に分かっていながらも……。「教えてほしかった」と「仙だからこそ言わなかった」という2つの思いが頭を巡っているという。
「親友でもあったけどライバルだったよ」と山本氏。ライバルだからこそ、親友であっても最後の最後まで絶対に弱みを見せなかった男、それが星野仙一だったのだろう。そういう親友を持てた山本氏は、幸せなのではないだろうか。
文=椎屋博幸 写真=BBM