週刊ベースボールONLINE

追悼・星野仙一

追悼企画09/星野仙一、野球に恋した男「Vイヤーの忘れられない試合」

 

 星野仙一さんは、いつも言っていた。「俺はベースボールの取材は断らん」。実際、ほとんど断られたことはない。恥ずかしい話だが、テレビ局などに比べれば、ウチのギャラなど雀の涙……。おそらく、球界にとっての専門誌の重要さを評価してくれていたのだと思う。そういった俯瞰(ふかん)した見方ができる方だった。
 星野さんの追悼号制作の中で、たくさんの資料を見て、たくさんの方から話を聞いた。それがあまりに膨大なので、これから毎日になるか、数日に1回になるか分からないが、追悼号には入りきらなかった話を当時の『週べ』の記事の再録も交えながら紹介していきたい。(以下は敬称略)

巨人V10を阻む劇的な優勝


「星野仙一追悼号」表紙。小社で野球人の追悼号を出したのは、川上哲治氏に続き、2人目となる


「時々考えるんですよ。優勝したとき、みんなどういうポーズを取るんだろうかとか……」

 星野はそう言って、少し照れくさそうな笑顔を見せた。

 ドラゴンズが優勝を飾った1974年の記事中の話だ。V10を狙う巨人とのデッドヒートは最終盤まで続き、星野は先発、抑えでフル回転し、チームを支えた。

 ようやく優勝が見え始めたとき、強心臓男もさすがに緊張があったらしい。それもそうだ。高校、大学と優勝の二文字には縁のない野球人生だった。

 ただ、星野はチーム内で「絶対優勝する!」とあえて言葉にしていたという。

「意識してそれで力が出せないようなら力がないんだ。意識して本当に力が出せるやつが、ほんとうの力があるんだ、と思っていましたからね」

 この年、胴上げ投手となった星野だが、のちのちまで「忘れられない試合」と振り返るのは、その1つ前のゲームだった。

 全130試合の126試合目、10月11日、神宮球場の対ヤクルト最終戦だ。負けたら後楽園での巨人戦2試合に優勝の行方が持ち込まれる可能性が高い。前年73年の阪神ではないが、そこまで来たら巨人逆転の芽も出てくるだろう。ドラゴンズナインはガチガチになっていた。星野も例外ではない。

「(2対3と)リードされていたのが9回、高木(守道)さんが打って同点になった。当時“時間切れ引き分け”というのがあって、延長はなかったんですが、もう投手は僕しか残っていない。

 ずっと登板が続いて、その前には打たれたりしていてもうヘトヘトだったけど、出ないわけにはいかない。マウンドまで歩いていても足がガクガク震え、体もガタガタ。それまでプレッシャーなんて感じたことなどなかったのに、“これがプレッシャーというものか”と思いましたねえ。

 ところが、マウンドから7球投げてみたら、素晴らしくいい球がいく。結局、3人で打ち取り、ベンチに帰って、よかった、よかったとなったんだけど、コップの水を飲もうとすると、右手がガタガタ震えていて、水が半分くらいこぼれてしまった。恥ずかしかったけど、それだけ興奮していたということ。僕の500試合登板の中でもっとも緊張した試合でした」

 これでマジックは2。翌12日が名古屋に帰って大洋とのダブルヘッダーだった。星野はダブルの第1試合に負けたら、巨人戦に投げる。第1試合に勝ったら、第2試合と、とにかく優勝を決める試合に行けということになっていた。

「いまでもハッキリ記憶しているのは、その前日、東京から名古屋への移動の新幹線の車中風景。前夜、緊張の激しい試合のあとでみんなロクに寝ていないのに、車中でもみんなギラギラした眼で眠っているヤツなんてひとりもいない。すごい光景だった」

 ダブルヘッダー第1試合は打ちまくって大勝してマジック1。星野は第2試合に登板となった。ただ、このときは前日のような緊張はなかったという。

「第1試合にあまり打ちまくって点を取るので、次の試合にとっておけ、なんて言って待っていた(笑)」

 第2試合、星野自身の左翼線への先制打もあって6対1の快勝。星野は完投だ。最後、山下大輔のライナーをサードの島谷金二がジャンプして捕ったのが20時9分だった。マウンドにいた星野は右の拳を突き上げ、「やったぜ!」と叫び、そのまま捕手の木俣達彦が抱き着き、ファンも入って大混乱となった。

 ただ、巨人V10を阻む劇的な優勝ながら、マスコミではあまり大きな扱いをしていない。同日、V逸の巨人は、スーパースター、長嶋茂雄の引退を発表。翌日の新聞は、長嶋一色に染まった……。

 星野はこの年49試合(先発17、リリーフ32試合)に登板し、15勝9敗10セーブ、防御率2.87で沢村賞、さらに初代セーブ王ともなっている。

<次回へ続く>

写真=BBM
週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部が今注目の選手、出来事をお届け

関連情報

みんなのコメント

  • 新着順
  • いいね順

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング