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石田雄太の閃球眼

【石田雄太の閃球眼】高卒松坂世代・實松一成“もういっちょ”の勝負

 

2018年は古巣・ファイターズに復帰してプロ20年目のシーズンに挑む實松一成


 年末の風物詩に涙した人は少なくなかったろう。TBS系列で放送された『プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達』。今回の泣きどころは、待望のオファーが舞い込んだことを知らされた小学6年生の長男が、思わず泣きじゃくったシーンだった。

 戦力外通告を受けたのは、實松一成だった。ジャイアンツがドラフト会議でキャッチャーを4人も指名したことから、實松は思いもしなかった非情な現実を突きつけられた。實松の長男は小学6年生。野球が大好きで、パパがいるジャイアンツが好きだったのだが、プロ野球選手でいられなくなるかもしれないという父の告白に、ショックを受ける。子どもなりに父の置かれた立場を理解し、不安な毎日を過ごしていたのだろう。だから、待ち焦がれていた父からの「ファイターズに入団することになった」という吉報に、喜びよりも安堵の気持ちが上回って、彼は泣きじゃくってしまったのである。泣かずにはいられない光景だった。

 實松は松坂世代の37歳。佐賀学園高の3年時に、夏の甲子園に出場している。松坂大輔がいた横浜高が春夏連覇を成し遂げた、あの甲子園だ。高校通算で39本のホームランを放ち、強肩強打のキャッチャーとして評価の高かった實松は、ファイターズからドラフト1位指名を受けて、プロの世界へ飛び込んだ。プロ2年目から一軍の試合に出場するなど、将来を期待された實松だったが、バッティングでプロのカベにぶつかり、レギュラーに定着できないまま、ジャイアンツへ移籍する。2006年の開幕前のことだ。

 以降、實松はジャイアンツで2番手以降のキャッチャーとして、チームを支え続けた。プロ19年で一軍の出場試合数は510。平均すれば30試合にも満たない。それでも貴重な一軍の戦力であり続けたのは、プロの世界ではベンチで控えていることが2番手キャッチャーの大事な仕事だからだ。實松はこう言っていた。

「もちろん試合に出ていたほうが充実感はありますよ。でも試合に出なくても、試合に出ているキャッチャーと同じように配球を考えながら試合に入り込んでいなければならないのが僕の仕事でしたから、いつ行くか分からないという緊張感、プレッシャーは、試合に出ているときと変わりませんでした。試合が終わったとき、体が疲れることはありませんけど、頭と心は相当、疲れていますからね」

 ジャイアンツ時代の實松は、誰よりも早く球場に入ることで知られていた。独自のデータ分析に時間を割き、試合に出れば實松ならではのリードで存在感を示した。

「僕は“第2捕手”としてジャイアンツでずっとやってきましたから、僕がポンと試合に出たとき、レギュラーの人とやることが同じだったら自分の色が出せませんからね。何か変えてやるって常に思っていましたし、そうじゃなければ面白味がありませんからね」

 本格的にキャッチャーを始めたのは中学1年のとき。「今となっては天職かもしれないと思います」という實松だが、野球をやっている外野手の長男がもしキャッチャーをやりたいと言い出したらときくと、「あんまりすすめないですね」と言って笑った。

「やりがいはありますし、試合を作っていけますから面白いんですけど、とにかく痛いことがやたらと多いポジションですからね」

 松坂世代の中で、高校からプロの世界へ飛び込み、なお現役でプレーするのは松坂、實松、藤川球児の3人だけ。“高卒ドラ1”は松坂世代の中でも特別な存在であり、他の松坂世代からも一目置かれている。もちろん、彼らの中にもそういう意識はあるはずだ。

 12年ぶりに復帰したファイターズからのオファーはコーチ兼任で、90という背番号を見ても、選手よりもむしろ指導者に軸足を置くことを求められているようだ。それでも實松は高卒ドラ1の松坂世代であることに誇りを持って、今年も選手として勝負する。

「僕らの時代を引っ張ってきたのは松坂ですし、その中の一員としてここまで野球をやってこられたのは光栄なことだと思っています」

 松坂は肩の痛みなく投げられさえすれば抑えられるという揺るぎない自信を秘めて、テストを受けてまで現役であることにこだわった。藤川はどんな役割も厭わず、タイガースのブルペンの意識を高めている。そして實松は二軍育成コーチの肩書きながら、現役のキャッチャーとして“もういっちょ”の勝負を挑む。3人の“高卒”松坂世代――彼らのプレーヤー人生はまだ終わったわけではない。

文=石田雄太 写真=BBM
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