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背番号物語

【背番号物語】「#42」メジャーの偉人に連なる助っ人ナンバー

 

背番号は選手たちの「もうひとつの顔」だ。ある選手が引退しても、またある選手がその「顔」を受け継ぐ。その歴史を週刊ベースボールONLINEで紐解いていこう。

黒人選手のパイオニア


ジャッキー・ロビンソン(Getty Images)


「42」は車のナンバーでも“欠番”となっていたことがある。「死に」や「死人」などと読みが通じることから、縁起が悪いと忌み嫌われていたためだという。

 何も禁止にすることはなかったろうが、車は便利な移動手段であると同時に、走る凶器でもある。念には念を入れて、といったところだろうか。

 アウトやデッドボールで比喩的に表現されるだけのプロ野球でも欠番であることは少なくなく、外国人選手に与えられる傾向があることは、忌み数である「4」と似ている。

 ただ、異国の地で「42」となった助っ人たちは喜んだのではないか。忌み数どころか、メジャーでは初の黒人選手とされるジャッキー・ロビンソンの背番号。まだ公然と黒人が差別されていた時代の米球界に足跡を残した偉人で、1997年には、それ以前から「42」だった当時の現役選手を例外的に除いて、全チームで永久欠番となった栄光のナンバーだ。

【12球団主な歴代背番号「42」】
巨人 新浦寿夫、メイ、シコースキー、パウエル、山口俊

阪神 冷水美夫、鏑木悦純パチョレック下柳剛竹安大知

中日 清水雅治有働克也、バンチ、ブランコ、アルモンテ☆(2018〜)

オリックス 川越亀二タイゲイニー萩原淳カブレラ、ペーニャ

ソフトバンク タイロン、西俊児、ズレータ、カブレラ、飯田優也

日本ハム 川原昭二スウィーニー木田優夫、アブレイユ、黒羽根利規

ロッテ 小笠恒夫、ヒルマン、セラフィニ、ズレータ、香月良仁

DeNA 堀雄次、クルーン、ハーパー、ブランコ、バリオス☆(2018〜)

西武 後藤順治郎真弓明信西本和人、カブレラ、嶋重宣

広島 土井文夫佐々木勝利長谷川昌幸バリントン、ジョンソン☆

ヤクルト 田代照勝、ゴンザレス、木田優夫、七條祐樹坂口智隆

楽天 ロペス、フェルナンデス、グウィン、ヒメネス、ハーマン
(☆は現役)

パワーあふれる助っ人たち


西武・カブレラ


 特に楽天では徹頭徹尾、外国人選手がリレーしているが、古くから投打に圧倒的なパワーを誇る「42」の助っ人が活躍している。

 長距離砲の元祖とも言えるのが近鉄のジョーンズ。南海から移籍して「42」となると、2リーグ制で初となる外国人選手の本塁打王に輝いた。「42」にこだわったのが西武など3チームで12年にわたって背負い、2002年に55本塁打を放ったカブレラだ。

 迎えた18年は巨人でプレーするゲレーロは、中日にいた17年の本塁打王。2チームで「42」だったブランコも中日で本塁打王になっている。

 中日の系譜をさかのぼると、デビュー2試合目の登板でノーヒットノーランを達成したバンチもいる。「42」の投手で筆頭格と言えるのは、横浜と巨人で6年間にわたって着け続け、当時の最速162キロをマークしたクローザーのクルーンだろう。

 日本人選手も坂口智隆がヤクルトへ、黒羽根利規が日本ハムへ移籍して着けるなど増えてきているが、それでも全体では少数派だ。

 特筆すべきは2人の投手。下柳剛は3チーム目の阪神で一貫して「42」だったが、それまでの2チームで着けた「24」をひっくり返したものだという。また、メジャーでも活躍した木田優夫は、日本へ復帰したヤクルトでの2年目からNPBのラストとなった日本ハムまでの6年間、メジャーでは決して着けることができなかった「42」でプレーしている。

写真=BBM
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