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石田雄太の閃球眼

【石田雄太の閃球眼】松坂大輔@名古屋

 

沖縄・北谷で行われている中日一軍キャンプで、ドラゴンズブルーのユニフォームに袖を通した松坂大輔。連日、大勢の報道陣から取材を受ける


 名古屋生まれの名古屋育ちではあるのだが、実は生粋の名古屋っ子ではない。もともと両親は静岡出身で、仕事の関係で父が名古屋に住んでいたときに生まれたため、出身は名古屋で間違いないのだが、静岡に住んでいた時期があるのだ。名古屋へ戻ったのは、小学5年生のとき。そのときのカルチャーショックは、半端なかった。何といっても衝撃的だったのは、担任の先生にこう言われたときのことだった。

「アンタ、何エラそうにしとんの」
 
ビックリした。
 
 イントネーションも独特で、ナニのナにアクセントがあるのではなく、ニの方を強く言うから、余計にキツく聞こえる。もちろん偉そうにしているつもりなどさらさらないのに、そう言われた子どもの気持ちを想像してみてほしい。もう、お分かりのことと思うが、名古屋で「えらい」といえば、疲れた、きつい、しんどい、といった意味になる。つまり先生は、「あなた、疲れてるんじゃないの?」と心配してくれていたのである。語尾のアクセントもこれまた独特で、最後の「しとんの」のノは疑問文のようには上がらない。しとんの、と下がりっぱなしだから、とても気遣うニュアンスには受け取れない。

 こんなこともあった。

「ゴミ、ほかっといて」

 先生にそう言われたら、静岡の子どもはゴミをそのままにしておく。ほかっておくと言われたら放置しておくものだと思うからだ。しかし名古屋ではそうではない。ほかる、は捨てるの意。捨てろと言われたゴミを放置しておいたのだから、これまた先生に怒られた。

 名古屋というのは独特だ。

 メーダイといえば明大ではなく名大だし、100メーターといえば距離ではなく道路の名前、イチグンといえば一軍ではなく一群(菊里高、千種高、若い人には通じないか……苦笑)である。喫茶店でモーニングといえば、普段と同じ値段でコーヒーを頼むとオートマチックにトーストとゆで卵がついてくるものなのだが、大学に入って東京へ出てきたら、コーヒーは250円なのに、モーニングは350円だという。それじゃ、ちっともサービスじゃないと腹立たしく思っていたら、東京ではモーニングサービスではなくモーニングセットだからと言われ、渋々、納得した覚えがある。

 前段が長くなってしまった。

 野球の話をすれば、「燃える男」といえば長嶋茂雄だが、名古屋で燃える男といえば星野仙一だ。ヨミウリといえば普通は新聞を指すが、名古屋ではジャイアンツを指す。マーチンといえば全国的には“ラブソングの帝王”鈴木雅之だが、名古屋では“四番マーチン、ホームラン”のトーマス・マーチンだ。たけしといえば日本中がビートたけしを思い浮かべるが、名古屋では中村武志山崎武司になる。そして、イチローもカネやん(金田正一)も工藤(公康)も槙原(寛己)も、侍ジャパンの稲葉(篤紀)監督も、みんな地元出身なのにドラゴンズとは縁がない。星野監督が全国区になったのはタイガースで優勝し、北京で日本代表の監督になってからだし、ドラゴンズの選手でスーパースターといえば落合博満山本昌立浪和義岩瀬仁紀とレジェンドの名前は挙がるが、全国区のCMに出たかと言われると残念ながらあまり記憶にない。

 そこへあの男がやってきた。

 ナゴヤ球場で行われた入団テストと合格直後の記者会見が、全国ネットのワイドショーで生中継された。甲子園のスーパースターがドラゴンズのユニフォームに袖を通すのは初めてではないだろうか。これまで彼が名古屋で登板した試合を何度か見てきたが、ナゴヤドームで行われた交流戦や日本シリーズ、ナゴヤ球場で行われたウエスタン・リーグの試合……そのたびに名古屋の野球好きは敵として投げる全国区のスーパースターに色めき立っていた。最前列で必死で写真を撮りながら、痛烈なヤジを飛ばしている。瞬間最大風速マックスの追い風が必要条件なら、それと同じだけの逆風を呼び起こすことができるのがスーパースターの十分条件。いいときは騒がれても悪いときに無関心になってしまうのが並みのスターなら、バッシングの嵐になるのがスーパースターなのである。

 今、名古屋にいるあまたの知人が、ドラゴンズへやってきた彼に対する感謝の気持ちと、リスペクトを込めた期待を語っている。数日間、滞在した名古屋で、そんな街の期待を、彼も十分、感じていた。

 松坂大輔@名古屋。

 横浜から始まった平成の怪物伝説、その第5章が、今、名古屋で幕を開けようとしている。

文=石田雄太 写真=BBM
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