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プロ野球仰天伝説

【プロ野球仰天伝説82】史上初の背番号を着けた虎の外国人打者【助っ人トンデモ話】

 

長いプロ野球の歴史の中で、数えきれない伝説が紡がれた。その一つひとつが、野球という国民的スポーツの面白さを倍増させたのは間違いない。野球ファンを“仰天”させた伝説。その数々を紹介していこう。

ジョーンズ[1988途 阪神/外野手]



 外国人スラッガーに多い背番号は、「44」だ。MLB通算755本塁打のハンク・アーロンにちなみ、長距離打者が好んで着ける番号で、代表的存在は阪神で2度、三冠王に輝いたバースだろう。

 そのバースが病気の息子のために退団した後、新しい四番打者として88年7月に来日したのがジョーンズだった。12年間で、メジャー6球団を渡り歩き、通算147本塁打。球宴にも2度出場した。かつては、マリナーズが新規参入した際の拡張ドラフトでロイヤルズから1位指名された有望株だった。

 入団前から「あのバースの代役」として過度な期待とプレッシャーを背負うことになったジョーンズだが、その背中は、日本で初めての背番号も背負っていた。ジョーンズがグラウンドに登場するとスタンドはざわめいた。

 見慣れない背番号は「00」。今でこそ珍しくもないが、日本球界史上初。来日直前のエンゼルスでは米国では縁起の悪い「13」を着けていた。日本でもベンチでお香を焚くなど、実はちょっと変わった外国人だった。

 それでも、活躍してくれれば良かったが、球宴明けから出場した52試合で8本塁打、打率.254。何よりも利き腕の左肩を故障しており、外野からの返球は下手投げ、一塁にコンバートされたが投手への返球は手渡しだった。

 希望はやがて失望に変わり、背番号から「ゼロゼロ怪人」と呼ばれる始末。1年限りで退団となってしまった。

写真=BBM
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