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センバツ現場発

センバツ現場発/慶應義塾高・善波が父の前で悔いた“この1球”

 

第90回記念選抜高校野球大会が3月23日、阪神甲子園球場で開幕した。球児による13日間(準々決勝翌日の休養日1日を含む)の熱戦が繰り広げられるが、現場でしか分からない「センバツリポート」をお届けしていく。

あと一歩だった“お立ち台”


慶應義塾高の2年生捕手・善波は彦根東高との2回戦で攻守で奮闘したものの、無念の逆転負けを喫している


 三塁側アルプス席に大学球界の名将が、保護者の一人として座っていた。勝負師の表情とは一変、完全に父の顔である。

 明大・善波達也監督は桐蔭学園高(神奈川)、明大、東京ガスを通じて捕手。2008年から母校を率いて以来、東京六大学リーグで8度、明治神宮大会で2度の優勝。また、侍ジャパン大学代表の監督としても2015、17年のユニバーシアードで2大会連続金メダルへ導いた。現在は全日本大学野球連盟監督会の会長で、大学球界の「顔」でもある。

 長男・力(つとむ)は慶應義塾高の2年生捕手だ。「周りの先輩、スタッフに恵まれている」(善波監督)。背番号2・善波は彦根東高との2回戦で「八番・捕手」で出場したが、逆転負けを喫し、初戦で甲子園を後にしている。

 勝利チームの殊勲者。報道各社から指名される「お立ち台」が、そこまで見えかけていた。1点を追う7回裏、無死満塁の好機で左前へはじき返す勝ち越しタイムリーを放った。過去2打席は空振り三振を喫した反省から、バットを指3本分短く持ち、上からバットをたたくイメージでコンパクトに振り抜いた。高い修正能力がもたらした2点適時打であった。

 残り2イニング。慶應義塾高は逃げ切りたいところではあったが、甲子園は甘くない。直後の8回表二死一、三塁。彦根東高の打席には七番で主将・高内希(3年)を迎える。ここまで2安打を打たれていた。

 カウント2ボール2ストライクからの6球目が、明暗を分けた。善波はチェンジップのサインを出したが、マウンドの3年生左腕エース・生井惇己は首を縦に振らなかった。真っすぐで攻めたが、結果的にこの配球が裏目に出た。内角を要求したはずのボールは、疲労からやや中に入り、打球は慶應義塾高の応援が陣取る左翼ポール際へ吸い込まれていった。痛恨の逆転3ランである。慶應義塾高はその裏に1点を返したが力及ばず、3対4で敗れている。

 善波は明暗を分けた“この1球”を悔いた。「生井さんの考えを尊重し、選択したからには、最善のできることをやらないといけなかった。自分のジャスチャー、構えが甘かったから、やや真ん中に入ってしまった。工夫が必要だったと思います」と言えば、生井は「(チェンジアップで)厳しく攻めて(四球で)次打者勝負でも良かった。心の余裕がなかった」と肩を落とした。

 ただ、善波は試合を決めた配球の前に、得点圏の先制機で凡退した2打席(2、5回)こそが“遠因”だったと冷静に振り返る。

「あそこで1本でも出しておけば……。序盤から生井さんにしのいで、しのいでという、苦しい投球をさせてしまった」

 初めての甲子園についても、捕手らしい視点で語る。

「すごくお客さんが入っていて、応援が力になって、特別な場所でした。だからと言って、野球が変わるものではなかった」

 さすが2年生でマスクを任されるだけのことはあり、精神的に充実しており、父親譲りのクレバーさを持ち合わせる。捕手となったのは、少年野球チームに入った小学3年時。自らが、父の守ったポジションを選んだのではない。

「休み時間にセカンドスローをしていたら、当時の監督が『キャッチャー、やってみるか?』と。父は喜んでいたようです」

 また、父が明大出身ながらなぜ、同じ東京六大学である慶大の一貫教育校(慶應義塾高)を選んだのか。

「野球も勉強も高いレベルでできるのが魅力でした。東京六大学でプレーしたい思いもあり、いとこ(善波優太さん)が出身で、大学ではマネジャー。話を聞いて決めました。父も『気にするな』、と。『自分の人生なんだから』、と」

 父から技術指導の記憶はあまりないが、かつて島岡吉郎元監督の薫陶を受けた「人間力」がモットーの明大監督だけあって、家庭でも教育には熱心だったようだ。

「人との接し方、人とのつながりを大事にしている。人への気遣いはお手本です」。センバツ展望号用の個人アンケートにも「尊敬する人物」の欄には「父」を挙げている。

 ただ、好きな捕手は父が手塩にかけて指導した坂本誠士郎(現阪神)だ。

「インサイドワークをはじめ、細かい部分にまで気を配っている。人間性、視野の広さも勉強になります」

 まだ2年生。善波監督は「彼の人生に生かしてほしい」と言った。甲子園出場のチャンスはあと3回。課題を必ず克服する勉強熱心なキャッチャーなだけに、成長する可能性を秘めている。

文=岡本朋祐 写真=石井愛子
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