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編集部員コラム「Every Day BASEBALL」

皆さんの心に残るユニフォームのベストドレッサーは誰ですか?

 


 都内の桜のピークは過ぎたが、球界では限定ユニフォームが百花繚乱、咲き誇っている。

 今年もまた、球団が主催するイベントデーに合わせて、チームのイメージカラーを超えて、多彩なユニフォームがお披露目されている。

 赤といえば広島カープの専売特許だったのが、いまではソフトバンクロッテなども採用。西武も昨季夏場に炎獅子と称される赤いユニフォームを限定使用したところ、チームがそれに合わせて快進撃。言霊(ことだま)ならぬ“ユニフォーム霊(だま)”とでも言うべきものがチームに神がかり的な勢いをもたらし、最終的にリーグ2位へと躍進してみせたのは記憶に新しい。

 4月2日発売(一部地域は除く)の「ベースボールマガジン」別冊新緑号では、ユニフォームが大特集されている。

 色というのは、イメージを膨らませる作用がある。人々の記憶を呼び覚ます。顕著なのは、1970年代に起こったユニフォームの“カラー革命”だろう。その頂点に君臨するのが、75年にリーグ初優勝を遂げた広島カープの“赤ヘルブーム”。それ以外にも、あの時代には個性豊かなユニフォームが存在した。

 大洋ホエールズ(現DeNA)のオレンジ&緑の湘南カラー、日拓ホームフライヤーズ(現日本ハム)の七色のユニフォーム、そしてなんと言っても強烈な印象を残したのは太平洋クラブライオンズだった。広島より2年早く、ユニフォーム・帽子に赤を導入。低迷していた平和台球場の興行人気の起爆剤に、という当時の球団フロントの背に腹は代えられぬ話題作りの一環だった。“赤い旋風”は時期尚早? で全国的に認知されるまでは至らなかったが、オールスターゲームでブラウン管に載ったときには度肝を抜かれたオールドファンも少なくないだろう。

 ユニフォーム論の第一人者と称されるプロ野球意匠学研究家の綱島理友氏は、カラフルで派手なユニフォームが次々と誕生した70年代を称して、「狂った時代」と称した。色遣いという面では、90年代、21世紀になるにつれて、シックなクラシックスタイルが主流となり、常識破りで世間の目を引くモデルは影を潜めたように思う。

 その代わりと言ってはなんだが、サードユニフォーム、限定ユニフォームでは、思い切りはじけて遊びを入れることが当たり前になった。ユニフォームが野球をするわけではないので、限定ユニフォームがどれだけチームの戦績に影響を与えるのかは、西武の炎獅子ユニフォームを別にして、分からない。だが、限定的に日常と違った姿でファンの目を楽しませることは、マンネリ防止という意味でも、是とすべきなのだろう。

 今号の製作過程で感じたことがある。

 ユニフォームとは、読んで字のごとく「統一された型」を意味する。機能性の面では個人レベルでカスタマイズを加えているというが、少なくともデザインの面では他人との差別化を図ることは禁じられている。一方で、プロ野球には選手が強烈な個性でもってファンを魅了しなければいけない側面がある。このパラドックスを受け入れた上で、ユニフォーム姿がカッコいい選手というのは誰になるのだろう。

 そんな質問を今号に携わった何人かのライターの方にぶつけてみた。すると、長嶋茂雄イチロー、新庄剛志、ダルビッシュ有大谷翔平らの名前が挙がった。要は、スーパースターは着ているものも無条件に美しいというスーパースター論に収斂されるのかもしれないが、さて皆さんの心に残るユニフォームのベストドレッサーは、誰になるのか。今号を手に、想像していただきたい。 

ベースボールマガジン5月号


文=佐藤正行(ベースボールマガジン編集長) 写真=BBM
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