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編集部員コラム「Every Day BASEBALL」

「明日の可能性を信じる」。本物の鉄人となった衣笠祥雄氏の哲学

 

現役時代の衣笠氏


 1987年、当時世界記録となる2215試合連続出場の金字塔に到達した元広島衣笠祥雄氏だが、記録を継続中、何度かどん底に陥ったことがある。その1つが79年のことだ。三宅秀史(元阪神)の当時日本記録、700試合連続フルイニング出場を視野に入れていたが、極度の打撃不振に悩まされた。

 古葉竹識監督も周囲にいろいろ言われながら、「明日になったら復活するだろう」と待ってくれた。だが、なかなか状態が上がらない。記録に関心がなくなるくらいスランプが深刻だった。

 6月の声を聞く直前、5月28日のことだ。岡山での中日戦のために宿舎の自室で、試合で使う道具の点検を終えたときだった。

「ちょっと部屋に来てくれ」

 前日時点で打率.198。古葉竹識監督に呼ばれ、すべてを察した。

「選手を預かる者にとっては、すべての選手が幸せになればいいと思う。それは何か? 勝つことなんだ」

 足かけ6年間、フルイニング出場を続けてきたが、あと22試合で日本記録に追いつくところでストップした。

「そのときのことをたとえると、砂漠の中を歩いていて、もう限界かなというときに1杯の水と百カラットのダイヤモンドを差し出されて、あなたはどちらを取りますか、と。僕は百カラットのダイヤモンドを選ばなかった。そう、記録を捨てたんです。試合前に、不名誉なことなのに記者会見が行われましたが、仕方がありません」(衣笠氏)

 今思えばこれが本当のスランプだったんでしょう――と衣笠氏は過去を振り返ってくれたが、「地球が爆発すればいい」と思うくらい追い詰められていた状態からいかにして復活することができたのか。

「明日の可能性だけは信じることができました。練習しているときだけは自分を信じられるんです」(衣笠氏)

 ボールを打てばまだ飛ぶじゃないか、鏡を見てスイングすればまだバットを振れるじゃないか。「お前はまだ大丈夫だ」と野球が励ましてくれた。それが希望へとつながる本当に細い1本の糸だった。

「結局、追い詰められたら最後に助けてくれるのは練習しかない。試合になるとプレッシャーもかかって自分を否定されますが、練習のときは自分を肯定してくれる。だから、練習は大事にしないといけないんです」

 衣笠氏の訃報に接して、真っ先に頭に浮かんだのはこのエピソードだった。

「明日の可能性を信じる」

 なんとも前向きで、素晴らしい考え方ではないか。ユニフォームを着ている、すべての野球人に、この“鉄人の哲学”を心に刻んでもらいたいと思う。

文=小林光男 写真=BBM
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