長いプロ野球の歴史の中で、数えきれない伝説が紡がれた。その一つひとつが、野球という国民的スポーツの面白さを倍増させたのは間違いない。野球ファンを“仰天”させた伝説。その数々を紹介していこう。 タッチが間に合わないと思うと……
飛燕、名人。
苅田久徳(東京セネタースほか)のセカンド守備には、さまざまな形容がされてきた。捕球は堅実かつ華麗。独特のカンで1球ごとにポジショニングを変え、正確なスローイング、鮮やかなジャンピングスローでも魅せる。戦前、二遊間のコンビネーションなど、だれも言わなかった時代、遊撃手の後輩・
中村信一とアイコンタクトでの併殺プレーを徹底的に磨いた。
トリッキーな動きも多く、三塁走者を目でけん制しながら、二塁、一塁へ顔も向けずに投げることもあった。そして究極のトリックプレーが“タッチ音”だ。
明らかにタッチが間に合わないと思うと、タッチするタイミングでヒザを走者に当て、音は口か、あるいは自分のユニフォームをサッとこすって、似た音を出す。
「昔のアンパイアはいいヤツばかりだから、みんなよくだまされてくれたよ。それとも、こっちがずるいのかな」
そう言って、名人苅田はニヤリとした。
写真=BBM