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編集部員コラム「Every Day BASEBALL」

日大アメフト騒動……。野球部ほか、学生らに及ぼす影響への不安

 

二部優勝を決めた日大野球部



 昨日、日大が優勝した。東都大学二部リーグで、日大と優勝を争っていた国士舘大が拓大に敗れたためだ。残り1カードを残し、勝ち点4で首位に立っていた日大野球部が、戦わずして二部王者となった。6月18日から神宮球場で行われる東都リーグ一部二部入れ替え戦で、一部昇格を懸けて中大と戦うことになる。

 余談だが、記者は日大の卒業生である。ここのところテレビをつければわが母校の名が連呼され、スポーツ紙の一面も母校が飾る。これは決して良い意味ではない。ご存じのとおり、アメフト部の“悪質タックル問題”があったからだ。当の記者も、今年の正月は日大アメフト部を応援するため、東京ドームまでライスボウルを観戦しに行った。それからわずか4カ月あまりで地に落ちた母校の評判。

 過去には野球部だって、“裏金問題”などで、世間を騒がせたこともある。さらに日大には、日大三高や大垣日大高を中心とした全国レベルの野球強豪校が付属校として存在するが、日大には進学せずに、ほかの大学で野球を続けることを選ぶ有力高校球児は多い。理由は多々あるが、日大野球部と付属高校野球部の関係が、決して良いものではなかったこともまた事実だ。

 しかし、現在野球部を率いる仲村恒一監督が2009年秋に就任して以降、日大野球部に追い風が吹き始める。二部に低迷していた日大野球部は、11年春に吉田一将(現オリックス)を擁して一部昇格。吉田が卒業した翌年春には再び二部に降格したが、14年にエースの戸根千明巨人からドラフト2位指名を受けるなど、プロへ選手を送り込んだ。15年春には山崎晃大朗(現ヤクルト)、京田陽太(現中日)と、のちにプロへ進む選手をクリーンアップに据えて一部昇格を果たした。京田が4年時の16年秋には、25季ぶり23度目のリーグ優勝を遂げている。

 攻守の要であった京田が卒業し、昨秋は再び二部降格の憂き目にあった。しかし今春、札幌日大高の山本龍之介(3年)をエースに、大垣日大高の山口駿太郎(2年)を四番に据えて二部優勝。二塁手兼右翼手と、変動する守備位置をこなしながら、バットと足で結果を出してきた田中達朗(3年)は日大三高。その高校の同級生の田村孝之介(3年)は、あるときは指名打者、またあるときは投手と、二刀流でチームの窮地を救ってきた。2人の1学年下で、日大三高のエースナンバーを背負った小谷野楽夕(2年)は、エースの山本がベンチを外れた青学大との1回戦で好投した。プロスカウトの熱視線を集め、俊足巧打の二番打者として打線をけん引したのは佐野日大高の長沢吉貴(4年)だった。

 日大の付属校出身の選手たちが活躍してつかみ取った優勝。もちろん、主将の八田夏(4年・履正社高)や副主将の上川畑大悟(4年・倉敷商高)ら4年生に、峯村貴希(1年・木更津総合高)、川西雄大(2年・明大中野高)ら下級生など、付属出身者以外の活躍も光った。しかし、多くの付属高校を抱える日大だからこそ、層の厚い豊富な戦力で戦うことができた部分はある。

 日大に進学した付属校の選手が活躍した、今春リーグ戦開幕前のことだ。京田は、自身の日大野球部時代のことを、こう語った。

「大学は上下関係があんまりなくて……みんな仲が良かったですね。(1学年上の)山崎さんとは高校(青森山田高)も一緒なんで、先輩じゃなくて友だちって感じですけど(笑)。後輩とも仲が良かったですし、やりやすかったですね」

 戸根、山崎、そして新人王に輝いた京田と、3年連続でプロを生み出した部の雰囲気。彼らが心身を磨いてきた日大野球部の育成の土壌が、プロからも付属高校からも信頼を得てきた矢先に、今回のアメフト部の騒動が起きた。

 これに端を発した大学側の「不誠実な対応」が、すでに就職活動中の現役学生らに影響を及ぼしていると聞く。日大の名を失墜させたのは、もはやアメフト部の騒動というよりも、保身に走る大学の「不誠実な対応」だ。今後この大学の「不誠実な対応」が、ひたむきに努力を続けてきた野球部を始めとするほかの体育会のこれからの活動に、罪のない学生たちのこれからの未来に、どうか影を落とすことがないようにと、一人の日大卒業生として、願うばかりである。

文=依田真衣子 写真=田中慎一郎
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