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編集部員コラム「Every Day BASEBALL」

亡くなった衣笠祥雄氏が最後に教えてくれたこと

 

のちに国民栄誉賞に輝く衣笠祥雄氏(左)と山下泰裕氏の対談が週刊ベースボールでは行われていた


 しばらくプロ野球の現場を離れていたが、このたび、「週刊ベースボール」に復帰することになり、久しぶりにマツダスタジアムに行った。

 広島駅から球場に向かう「カープロード」を歩くと、左手に、まずカープの歴史を作ったレジェンドたちのパネルが見えてくる。黒田博樹北別府学山本浩二に続いて見えるのが、衣笠祥雄のパネルだ。「ああ、衣笠さんも亡くなってしまわれたなあ」と思ううち、先日、同氏の追悼号(現在発売中)を制作したときのことが何とはなしに思い出された。

 今では社内でもかなり年上となってしまった筆者だが、それでも入社は衣笠氏が引退したころだ。社内に眠る、同氏の過去の写真や記事を掘り起こしつつ作業するうち、スーツでポーズをキメる写真を発見したり、ホットパンツにサングラスでゴルフに興じるワイルドな写真を発見したり。スゴいと思ったのは柔道の山下泰裕氏とのツーショット写真だ。国民栄誉賞受賞者同士の豪華な一枚だが、これが撮られたのはお二方の受賞前。この対談を企画した人はサエている。

 山下氏との対談は誌面の関係上割愛したが、ほかに長嶋茂雄氏との対談や、山本浩二氏とのカープBIG2対談、具志堅用高氏、富永一朗氏との座談会など、珍しい顔合わせも再録したので、ぜひご高覧いただきたい。

 発見と言えば……。今回、筆者は、以前に衣笠氏に打撃フォームを「セルフ解説」をしていただいたときのことを思い出しつつ、原稿を書かせてもらったのだが、その中で新たに発見できたことが一つ。その取材のとき聞いた、「ホントはもっとグリップを体に近づけて、下半身を生かしたスイングをしたかったんですがね」という衣笠氏の一言についてだ。

 筆者は、取材のとき、それは、「しようと努力したけどできなかった」という意味だと思っていた。だが、それにしては、そのあとの「まあ、不器用ですが、誰にでもできる打ち方じゃないですよ」という一言が、言い訳がましくもなく、プライドをにじませたような、重い言い方だったのが、ちょっと引っかかっていたのだ。

 で、今回、衣笠氏の野球人生を振り返りつつ、同時に原稿も進めていたことで、ハッと思い至ったのだ。「ホントは下半身を生かしたスイングをしたかったんですがね」というのは、「やりたかったけど、するわけにはいかなかった」という意味が大きいのではないかと。

 打者というものは、もちろん、常に自分にとってもっとも結果が出るような打撃フォームを追求していくものだろう。が、野球は、陸上や水泳のようなタイムレースではない。特にプロ野球では、クビになって選手でなくなってしまえば、技術追求もヘチマもないのだ。プロならば、技術追求をするにしても、まずその前に、チーム内での自分の居場所を確保しなければならない。

 そのプロ野球の苛烈な「イス取りゲーム」の中で、若き日の衣笠氏がチームから要求された条件が、「長打力」だった。そして、そのイスを手放さない中で、つまり長打力をキープした中で、いかに投球にアジャストしやすいようにできるかを工夫し、それを身につける努力を続けるうちに出来上がったのが衣笠氏の打撃フォームではなかったのか。

 そう考えたとき、「まあ、不器用ですが、誰にでもできる打ち方じゃないですよ」と言われたときの声色が腑に落ちた気がした。

 考えてみれば、連続試合出場の記録を作ったということは、見方を変えれば、「誰よりもイス取りゲームのイスを守り続けた選手」ということでもある。最後に「プロとは、ただ技術追求をするのではなく、生存競争の中で技術追求をしてゆくもの」ということに気づかせてくれたのも、衣笠氏が送ってくれた「遺言」のようなものなのかと思ったりもする。

文=藤本泰祐 写真=BBM
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