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石田雄太の閃球眼

小学生に必要なのは“習い事の野球”ではない/石田雄太の閃球眼

 

ある日の野球教室の模様。確かにこれも小学生たちにとっては貴重な体験となるが……


 初夏の日曜日、小学5年生の男の子が二人、待ち合わせて近所の公園へ出掛けた。キャッチボールをするためだった。軟式のボールとグローブを持って午前6時半に家を出る。その公園は午前8時から少年野球のチームが練習場所に使っており、それより早い時間帯でなければキャッチボールができないからだ。

 しかし、程なく彼らは家に帰ってきた。キャッチボールを始めてから5分も経たないうちに、公園の隣に住む人が出てきて、こう告げられたのだという。

「キミたち、ダメだよ。この公園では、朝8時前にはキャッチボールをしちゃいけないことになっているんだから」

 聞けば、近隣の少年野球連盟との約束なのだとか。朝8時からの練習で公園を使う代わりに、その前の時間帯は近隣の住民の安眠を守るためにその公園には立ち入らないと監督会議で決めて、約束を交わしているのだそうだ。

 公園を管理する自治体に問い合わせると、その公園に関しては運用規定の中に『4月1日から10月31日までは午前6時から午後6時まで、11月1日から3月31日までは午前8時から午後4時まで』の使用と記されている、と説明された。ということは、午前6時を過ぎていればキャッチボールはしていいということになる。少年野球連盟も、午前8時前に公園敷地内へ立ち入らないという利用法はあくまでも連盟として各チームで申し合わせたことであって、個人の活動まで制限するものではないとのこと。つまりは朝の6時半にキャッチボールをしようとした小学生は、朝っぱらからでっかい声で騒ぐなど常識外の行為でもしでかさない限り、何らとがめられるものではなかったはずだ。

 しかし、そうはならない。

 そもそも、そんな理屈で子どもが大人と戦えるはずがない。仮にその理屈で相手をやり込めたとしても後ろめたさは残る。今の子どもたちはキャッチボールさえも容易にすることができないのだということを、改めて思い知らされた。ましてや放課後に集まって、子どもたちだけで野球をするなんて光景は、どこへ行けば見ることができるのだろう。ふと思い出したのが、星野仙一さんが生前、口にしていたこんな言葉だった。

「大人が野球をやりたいと思う子どもたちにしてあげなきゃいけないことは、一つしかない。それは、子どもに野球ができる場所を与えてあげることだ」

 東京ドームでファイターズとライオンズが公式戦を行った5月半ば、試合開始直前、スタンドを見渡したファイターズの木田優夫GM補佐がしみじみ呟いていた。

「ひと昔前はこのカードで東京ドームがいっぱいになるなんて、考えられませんでしたよね……」

 いくつもの球団の企業努力が実を結び、どの球場もそれなりに盛況で、それをもって野球人気は安泰だというNPB関係者も少なくない。しかし、今そこにある危機に気づいて警鐘を鳴らす野球人もまた、決して少なくない。そうした野球人たちは、子どもたちにいかに野球を普及させようかと日々、懸命に活動を続けている。そうした活動は本当に尊いと思う。

 ただ一つだけ、個人的にどうしてもつづっておきたい想いがある。それは、小学生に必要なのは“習い事の野球”ではない、ということだ。先日、日本高校野球連盟、朝日新聞社、毎日新聞社が『高校野球200年構想』を発表した。その構想に基づく次の100年の行動計画と具体的な事業によると、たとえば普及や振興については「子ども向けティーボール教室の開催」「野球メソッド、野球手帳の作成、配布」などが挙げられている。教室、手帳……果たして、野球はこんなふうに学ぶものなのだろうか。子どもたちには野球のできる環境がないから、と言いながら、大人たちが一生懸命、子どもたちに野球を教える場を提供しようとする――繰り返すが、そうしたことに関わる大人たちの心意気を否定するつもりはない。しかしその大前提に「子どもの野球に大人がいかに関わらないか」というマインドの共有がなされていないことが気になって仕方がない。

 200年構想と言いながら、100年後の理想が謳われていないため、野球が子どもたちの求める姿から乖離していく。子どもたちは野球を大人に習いたいわけではない。大人のいないところで、野球で遊びたいのではないか。Jリーグの百年構想には、その冒頭に「あなたの町に、緑の芝生におおわれた広場やスポーツ施設を作ること」とある。この理念、星野さんが遺した言葉に、重なってはいないだろうか。

文=石田雄太 写真=BBM
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