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プロ野球デキゴトロジー/6月5日

「津田の分も投げる」広島・大野豊、日本新の11試合連続セーブ(1991年6月5日)

 

写真は6月2日セ・タイ9試合連続セーブを挙げた試合。左端が大野




 プロ野球の歴史の中から、日付にこだわってその日に何があったのか紹介していく。今回は6月5日だ。

 1991年、広島山本浩二監督は右腕・津田恒実と左腕・大野豊のダブルストッパー構想を持っていた。打線に不安があり、“守り勝つ”野球の肝とするつもりだったからだ。

 しかし、津田が4月14日の巨人戦(広島市民)を最後に戦線離脱。球団は水頭症と発表したが、実際には脳腫瘍だった。

 チームメートに本当の病名が告げられたのは夏場だったというが、大野はその前から「津田のために」という思いは持っていた。
「津田は野球が大好きだから投げたくてしょうがないんですよ。津田が投げられない状況なのに投げられるんだから、何とか津田の分も頑張ろうと」
 当初は津田のいない1人ストッパーに不安もあったとい大野だが、津田離脱後からセーブ、しかも無失点のセーブを並べていく。

 6月5日ヤクルト戦(盛岡)は、11試合連続セーブの日本新記録(当時)を打ち立てた日だ。2セーブ目の4月28日から10試合連続無安打の離れ業でもあった(11試合まで伸ばす)。

 記録は7月9日、14試合連続となった後、11日にストップ。ただ、同年の大野は37試合で6勝2敗26S、防御率1.17をマーク。最優秀救援投手に輝き、リーグ優勝に貢献した。

写真=BBM
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