今年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永く、お付き合いいただきたい。 小山正明が勝手に風呂に
今回は『1962年11月12日号』。定価は40円だ。
デトロイト・タイガース来日に多くのページを割いた号だが、リーグ優勝を飾り、日本シリーズでは東映に敗退した、我が国のタイガースは、いつものようにもめているらしい。
1つは
小山正明の造反と、それに対する
青田昇コーチの怒りだ。
日本シリーズ第7戦で延長10回表、小山は1点を取られた後、負けたと思ったのか、交代と決め込んだのか分からないが、風呂に入ってしまった。その裏、チームが同点に追いついたが、風呂に入った男には投げさせられないと、急きょ
村山実を登板させ、その村山が決勝弾を打たれた。
この風呂に話はどうやら事実のようだが、当時の週刊誌には、小山の反抗的な態度の裏には、自らがボールを当て大ケガをさせた
三宅秀史の治療費を球団が払ってくれないので、一部を小山が負担。それをきっかけに小山の球団不信(訂正してます)が生まれたから、という説を書いている(球団側は完全否定)。
さらに10年選手の資格を小山、三宅、
吉田義男が得てオフの大荒れは必至とも書かれ、青田は、
阪神のドタバタ騒ぎに嫌気がさし、退団を考えているようだ、という内容だった。
大毎・永田雅一オーナーが
宇野光雄監督を解任し、南海・
鶴岡一人監督の招へいに動いていた。一時は色よい返事をしていたらしいが、途中から「球団の許可がない」とになった。永田は南海には「鶴岡監督が無理なら
蔭山和夫コーチを」と頼んでいたようだ。
西鉄の西代表からパ・リーグの理事会で前後期の2シーズン制の提案があった。必ずしも「絶対反対」の雰囲気ではなかったようだが……。
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週べ60年記念シリーズ『巨人編』『
日本ハム編』『阪神編』『
ロッテ編』が発売中。現在、『
広島編』を6月29日発売予定で鋭意制作中です。
では、またあした。
<次回に続く>
写真=BBM