ベンチ奥に消える仰木監督。中央の背番号72
プロ野球の歴史の中から、日付にこだわってその日に何があったのか紹介していく。今回は6月27日だ。
オリックス・
福良淳一が誤審問題でかなりしつこく怒っていたが、昔からのオリックスファンなら「このしつこさ、あの人に似てるな」と思ったのではないか。
近鉄、オリックスで指揮官として優勝経験を持つ
仰木彬監督だ。
野茂英雄、
イチローらの恩師であり、自在の采配からマジシャンとも言われた。ダンディーで、紳士的な印象を持つ人も多いと思うが、怒るとかなり怖かったし、そしてしつこかった。
オリックス・ブルーウェーブ監督最終年となった2001年、66歳の仰木彬監督はチームの成績不振もあって、例年以上にイライラしていた印象がある。
6月27日のダイエー戦(北九州)もそうだ。3回裏一死一塁でバルデスの一塁線へのゴロをファウルと判定され、激高し、20分にわたる長時間抗議。
これが遅延行為として退場を宣告されると、さらにカッとしてベンチ裏どころか、そのままタクシーに乗って帰ってしまった。
オリックスは試合には10対2で勝ったが、指揮官のプッツンにナインもポカン。結局同年は2年連続4位に終わり、仰木監督は退任した。
写真=BBM、