読者からの質問にプロフェッショナルが答える「ベースボールゼミナール」。今回は投手編。回答者はメジャー・リーグも経験した、元阪神ほかの藪恵壹氏だ。 Q.プロ野球や高校野球中継を見ていると、解説者の方が「ピッチャーがボールを置きにいっている」と言っているのを耳にすることがあります。「置きにいく」とは具体的にどのような状況、状態ですか。置きにいくとフォームは崩れたり、ボールの質に変化があるのでしょうか。(群馬県・65歳)
A.コントロールを求めるあまり腕の振りが緩んだ状況。ボールの質が落ち、バッターには打ちごろに。
元阪神・藪恵壹氏
プロに限らず、ピッチャーには腕をしっかりと振った上でのコントロールが求められていますが、選手によってはカウントが苦しくなったり、ストライクが欲しくてたまらない場面で、コントロールを求めるあまり、ついつい腕の振りを緩めてストライクを取りにいってしまう場面があります。
これが俗にいう「置きにいく」という状況、状態で、明らかに腕が振れておらず、見る人が見ればフォームの変化はないにしろ、アームスピードの変化は明らかです。力感もなく、ボールの質も落ちますし、回転数も減るでしょう。
日本では今季までに
広島を除く11球団の本拠地球場(MLBでは全球団の本拠地球場に設置)で軍事技術が応用された高精度の解析技術「トラックマン」が導入されていますから、データを分析すれば渾身のストレートと、「置きにいった」ストレートとの違いは如実に表れているのではないでしょうか。当然これはバッターにとってみれば威力の弱い打ちごろのボールとなります。
すべてとは言いませんが、ボール先行でランナーをためて、その上で痛打を食らうピッチャーの中には、置きにいった末に打たれている者も少なくありません。悪循環ですね。ちなみに、変化球でも置きにいったボールは明らかで、これは鋭さに違いが現れます。いわゆるキレともいわれるもので、カッ、カッと角のある変化に対し、置きにいくドロンとした変化でバッターからも見極めやすくなってしまいます。
こういうケースではキャッチャーなり、ベンチからコーチがマウンドにいくなりして間合いを取ったり、ピッチャーに話をするなりして落ち着かせないと危険ですね。
ただし、「置きにいく」というフレーズには悪い意味合いばかりがあるように思われていますが、置きにいって良い場面もあります。例えば、バッターが打ってこないと判断できるような場面です。
キャッチボールのようにコントロールだけを重視して6割くらいの力でカウントを稼いでやる。得点差の状況やカウントなどにもよりますが、集中力を高めてマウンドにいると、バッターの仕草やベンチからのサインなどで気配を感じられますので、あえてど真ん中にスッと通してやり、相手の意表をついてやるのです。このような場面の置きにいったボールは、ピッチャーサイドに余裕がありますよね。
●藪恵壹(やぶ・けいいち)
1968年9月28日生まれ。三重県出身。和歌山・新宮高から東京経済大、朝日生命を経て94年ドラフト1位で阪神入団。05年にアスレチックス、08年にジャイアンツでプレー。10年途中に
楽天に入団し、同年限りで現役引退。NPB通算成績は279試合、84勝、106敗、0S、2H、1035奪三振、防御率3.58。
写真=BBM