80年を超えるプロ野球の歴史は、それぞれの球団、それぞれの監督や選手たちが紡いできたものだ。1人1チームを原則に、名将、名選手たちが時空を超えて集結。オールタイムの“優勝チーム”を探してみよう。 1999年に初のリーグV
1999年、初のリーグ優勝を果たした王ダイエー
2005年に現在の
福岡ソフトバンクホークスとして新たな歴史をスタートさせたが、黄金時代は途切れることのない常勝チームだ。ここではダイエーとなって九州へ移転した1989年以降からベストオーダーを選出する。
暗黒時代にあった南海の歴史を引きずるように、九州へ移転してからも低迷が続いていたが、
王貞治監督が99年に初優勝、日本一へと導くと、翌00年には連覇。
秋山幸二監督が常勝軍団を継承し、現在の
工藤公康監督となっても勢いは衰えていない。日本一監督の王監督、秋山監督は他チームの主砲でもあり、ここでは現在の工藤監督が指揮を執る。この連載における唯一の現役監督ということからも、黄金時代が継続中であることが分かる。
【ベストオーダー】
監督・工藤公康
一(遊)
川崎宗則 二(右)
長谷川勇也 三(左)
内川聖一 四(二)
小久保裕紀 五(一)
松中信彦 六(捕)
城島健司 七(指)
吉永幸一郎 八(中)
柳田悠岐 九(三)
松田宣浩 投手
和田毅 初優勝のV戦士で、2000年代に黄金時代を築いたメンバーに、現役の強打者たちが割って入る形だ。四番打者が代名詞である小久保裕紀が、ここでも四番に。続く五番は“平成の三冠王”松中信彦、そして六番には司令塔の城島健司。ともに“30本塁打カルテット”を形成した
井口資仁(忠仁)は
ロッテの監督となっており、その穴を現役の内川聖一が三番打者として埋める。
城島に続く七番は同じく捕手で、指名打者として初優勝に貢献した吉永幸一郎だ。残るメンバーで、二番、八番、九番の経験が豊富な打者は不在。それぞれの最多は川崎宗則だが、川崎を一番から外すとリードオフマンが不在となる。そこで、川崎に次いで九番が多い松田宣浩から一番の川崎、二番の経験もある長谷川勇也へ続く攻撃的な打順となった。
現在の主軸でもある柳田悠岐の八番は、一軍初先発のときの打順。まだ通算成績ではレジェンドたちに届いていないが、ここでも初出場の打順から、偉大な先輩たちのポジションを狙っていく。
守備位置は小久保が若手時代の二塁へ、内川が15年まで守っていた左翼へ回ったぐらいで、実際と大きな変更はなく、守備も盤石。現役では二塁手の
本多雄一に遊撃手の
今宮健太、外野手の
中村晃ら、ダイエー時代を知るメンバーでは内野手に
藤本博史や
浜名千広、外野手では
村松有人や
柴原洋ら韋駄天や
大道典嘉(典良)などの仕事人タイプ、捕手でも強打の
田上秀則、歴代の助っ人でもバルデス、ズレータ、現役の
デスパイネらの強打者が揃い、実際と同様に層の厚さは全球団でも屈指だ。
わずか30年で驚異の戦力
黄金時代を引っ張った左腕で、現役でもある和田毅をエースに据えたが、エースが代名詞だったのが斉藤和巳だ。
工藤の背番号47を継承した左腕の
杉内俊哉は
巨人へ移籍したが、
攝津正や
東浜巨、
千賀滉大に
武田翔太と、現役のスターターだけでも投手王国と言える。
馬原孝浩や
岩嵜翔などリリーバーも豊富で、絶対的クローザーとして現役の
サファテが君臨。投手陣にも不安はなさそうだ。
迎えた18年で30年となる短い歴史だが、この戦力の分厚さは驚異。現役にも名選手が多く、その可能性も未知数だ。やがてメンバーも入れ替わることだろう。その勢いで、一気に球界の勢力図を塗り替えるか。
写真=BBM