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石田雄太の閃球眼

乙訓高のプライド/石田雄太の閃球眼

 

昨秋、今春の京都王者で今春センバツにも出場した乙訓高。今夏の京都大会は7月11日の2回戦から登場し、京都両洋高に7対2と勝利している


 おもしろい屁理屈がある。

 夏の高校野球は、世界に例を見ない巨大なノックアウト・トーナメントで行われる。約4000の参加校は、優勝校を除くすべてが、一度だけ負けて終わる。だから、と言った元高校球児がいた。

「ウチは準優勝なんですよ(笑)」

 その根拠は、彼の高校に勝った高校が夏の甲子園で優勝したからだ。そして彼の高校がその優勝校に負けたのは、地方大会の1回戦だった。となれば、書き手としては彼の言葉に(笑)をつけざるを得ない。地方大会で初戦敗退の高校が、たまたま負けた相手が甲子園で優勝したからといって、準優勝を自負できるのだ。

 その屁理屈に従えば、去年の夏の甲子園で優勝した花咲徳栄に決勝で負けた広陵だけでなく、東海大菅生も盛岡大付も、前橋育英も日本航空石川も開星も、さらに言えば埼玉大会で花咲徳栄に敗れた浦和学院も山村学園も、ふじみ野、浦和実、武蔵越生、大宮南、越谷総合も……すべて「ウチは準優勝なんですよ(笑)」と言っていいことになる。漫画『ドカベン』の神奈川大会で明訓に敗れ続けた白新だって夏は2度、準優勝だ。もし不知火が他県代表として甲子園で投げて、決勝まで明訓と当たらなければ、本当に準優勝だったかもしれない。すべては、トーナメントならではのスーパー屁理屈である。

 ということは、夏の高校野球において、組み合わせ抽選会の持つ意味はとてつもなく大きいということになる。思い出すのは以前、森福允彦(現ジャイアンツ)に高校時代の話を訊きにいったときのことだ。森福は豊川のエースとして、2年続けて、愛知大会の決勝で負けていた。2年生のときも3年生のときも、あと一歩で甲子園出場が叶わなかった思いを吐露してくれたのだが、森福は開口一番、こう言った。

「ウチは決勝まで私学四強と当たりませんでしたからね」

 愛知県の私学四強――中京大中京、東邦、愛工大名電、享栄。これらの伝統校と決勝まで当たらない組み合わせだったからこそ、ウチは2年連続で決勝まで進めたんですよ、と森福は苦笑いを浮かべる。当時、甲子園へ出場したことがなかった豊川にとって、伝統は脅威だった。森福は続けた。

「やっぱり独特の雰囲気を持っていますからね。やることがいちいちピシッ、ピシッとしているんです。試合前の練習でも、ボール回しとか、みんな胸のところへ確実に来るんです。圧倒されますよ」

 同じような話を今年、乙訓の市川靖久監督から聞いた。昨秋の京都大会で優勝し、春のセンバツに初出場。今年の春の京都大会でも優勝し、秋、春の王者としてこの夏の京都大会を戦う。それでも市川監督はこう言っている。

「去年の秋も今年の春も、ウチは平安高校(龍谷大平安)と試合をしてないんですよ。平安に勝って優勝したわけじゃない。やっぱり僕は平安が京都のトップだと思うんです。高校生のときからそこを目標にやってきましたし、監督になった今も、平安を目標にしたいと思ってます。平安に勝つのは夏の決勝にとっておきますよ(笑)」

 市川監督は高校時代、京都の鳥羽で主将を務め、3年の夏、甲子園出場を果たしている。2000年のことだ。鳥羽にとって夏は54年ぶりの出場で、平安とは準々決勝で戦い、6対2で勝った。

「平安高校は昔も今もいい野球をするんです。守りも堅いし、ソツがない。だから、平安と勝負できるレベルまで行きたいという思いの中で僕はずっとやってきました。そういう意味では、京都で優勝しても平安に勝ってないという思いはウチの子らも持ってるはずなんです。実際、平安と試合をしていくと、球場が『平安が勝つやろ』って空気になる。平安にも『公立高校に負けてられへん』という意地がある。試合前、あのユニフォームでアップされると、『コイツら、メッチャ強そうやな』ってユニフォーム負けしてしまう……そういうものを全部、跳ねのけていかんかったら勝てへんぞ、とずっと繰り返し、子どもたちに話してきました。自分らが下なんやと思ったら、絶対に勝てませんからね」

 組み合わせ抽選会の結果、この夏の乙訓は龍谷大平安と、それぞれが勝ち進めば準々決勝で戦うことになった。龍谷大平安からすれば、秋、春ともに戦わずして王者の座に就かせてしまった乙訓には負けられないという意地があるだろうし、謙虚な姿勢を崩さない今の乙訓にはもはや王者のプライドさえ感じる。組み合わせの妙から準々決勝でぶつかる可能性が高い両校の対戦――トーナメントでは決勝で負けようが準々決勝で負けようが同じだ、という別の理屈も存在する。夏の京都大会、準々決勝での乙訓対龍谷大平安の対決が、今から楽しみでならない。

文=石田雄太 写真=BBM
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